浜辺の歌その2

作詞者目線の浜辺の歌

 

その2
(この記事はまだ仕上がっていません。完成するのが何年先になるのかわからないので、書きかけですが公表することにしました。)

その1 で3番の歌詞は本来の3番の前半と4番の後半が出版社によって勝手にくっつけられたものだと書きました。
(その1をご覧になりたい方は、「勝手によんでばっと」からお読みください。)
前回は作曲者の成田氏のラブレターとして現代文にしてみましたが、今回は作詞者林古渓氏の目線で現代訳してみようと思います。

まず、原詩を示します。
浜辺の歌  詩 林古渓  曲 成田為三
1番
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も

2番
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 偲(しの)ばるる
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星の影も

3番
はやちたちまち 波を吹き
赤裳(あかも)のすそぞ ぬれ(も)ひじし
やみし我は すでに癒(い)えて
浜辺の真砂(まさご) まなご今は


3番の「赤裳のすそぞ ぬれひじし」は作詞者林氏によって「ぬれひじし」と訂正されています。
意味は変わりませんが、あか、ぬれ、と韻を踏ませていたのですね。
ただ、1,2番では初めの2行が七五調、3・4行が6,6音の形式をとっていますが、ここは5音になるはずが6音になってしまいます。
最後の行でも音数がくずれていますから音数よりも韻を重視したのでしょう。メロディーの上では「も」が入っても違和感なく歌われると思います。

赤裳 という言葉、赤色の女性の着物という意味ですが、大人とは限らないのではないか。子供の服かもしれない、と少々疑問を持っていました。
調べてみると、林氏には姪(めい)がいて、幼いころから結核を患い、神奈川県湘南の療養所で長期療養していたことがわかりました。
林氏は何度か姪を見舞いに行っておりますが、林氏自身も結核をわずらい入院しています。この時代の大正から昭和の初めにかけて結核が流行しました。
林氏は海岸を歩いていて、自分の結核はすでに治ったが、まだ幼い、姪の結核は治っただろうかと案じているときの詩だと思われます。
これらのことから、詩中の昔のこと、昔の人、偲ばるる、赤裳、といった言葉は幼少の姪と砂浜で遊んだときのことを回想していると思われます。

林氏の目線で現代文になおしてみることにします。


1番
朝 浜辺をあてもなく歩いていると
あのころのことがが なつかしく思い出される
風の音よ 雲の様子よ 
浜辺に寄せる波も 貝の色も (あの頃を思い出させる)
2番
夕暮れ 浜辺をあてもなく歩いていると
あの子のことが 思い出される
浜辺に寄せる波よ 返す波よ 
月の色も 星の光も (あの子を思い出させる)
3番
にわかに突風が吹き、波を吹きあげた
あの子の着物の赤いすそはびしょぬれになってしまった
病の私は 今はもうよくなったけれど あの子はよくなっているだろうか
浜辺の小さな砂を見ると思いだす
   小さなあの子は今は元気になっただろうか ・・・


「病みし我はすでに癒えて」の一節を見たときすぐに結核だろうなとピンときました。私の肉親が若いころに結核を患ったことがある、ということもあるのかもしれませんが、当時の人たちならなおさら結核を連想しただろうと思います。当時結核といえば、長期療養、治らなくはないが死の可能性が低くはない、喀血する、というイメージがあったでしょう。
本来の3番と4番が作者の了解なしにくっつけられたのは、詩の内容が結核を強く暗示させる内容であったため、1番2番ではほのぼのとした海岸の風景が目に浮かぶのに対して3番からは結核が出てきて急に死を連想させる暗いイメージに支配されてしまうから、という理由だったからではないかと推測します。(あくまでも個人的な推測です。)

みなさん3番を聞いたときにとても違和感をもったのではないでしょうか。
1,2番の詩はペアになっており、朝、夕べ、波、風、貝、雲、月と風景画のようです。ところが3番で人と病が出てきて終わる。
ペアになる4番が無いからなおさら違和感が大きいのではないかと思うのです。

削除された行には
 ・こうした病を強く連想する言葉があったのではないか 
 ・削除された詩を見て作者林氏は、これでは意味がわからん、と言った
 ・音数は7・5・6・6音
 ・韻を好む
 ・1,2番がペアになっていることから3,4番もペアになる内容ではないか
 ・1番の「昔のことぞ偲ばるる」から3番で具体的な昔の出来事が描写
  されている。すると2番「昔の人ぞ偲ばるる」から4番は人物の具体
  的な描写があったのではないか。
 ・この詩が書かれたとき、姪のお嬢さんはまだご存命であったので、
  「今はもういない」のような死を意味する内容は書かれていないはず。
 ・削除したくなるような病を強く連想させる言葉があるのではないか

といったことから失われた行にどんな言葉が書かれていたのか、空想してみました。青字が想像で付け加えた詩です。

3番
はやち たちまち 波を吹き
赤裳(あかも)のすそぞ ぬれもひじし
・・・病みし君は いまは床に 
    (意味:病を患った君は今は床にふせている)
・・・浜辺の真砂 まなご今も
    (意味:浜辺の小さな砂よ、かわいいあの子は今も患っている)
4番
・・・( 思案中 )
・・・赤裳に袖ぞ 染めひじし
    (意味:袖が喀血で真っ赤に染まってしまった)
やみし我は すでに癒えて
浜辺の真砂 まなご今は

どうでしょうか?
何年かかけて失われた行を創作推敲して、このページを完成しようと思っています。


See you!