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もう何度めの変化か、セラティンにもよく判らなかった。とっくに限界を超えていたセラティンの身体は、無理な行為の中、何度か意識を手放した。それでもソウガは構うことなく、その行為を続けた。それは、憎しみをぶつけられている、セラティンがそう感じるほど、手酷いやり方だった。
「――従兄(にい)さま、」
舌打ちをして立ち上がるソウガに、見兼ねたネストが駆け寄る。
「今宵はもう……」
その言葉を聞き入れたのか否か、1つ息を吐くと、ソウガは脱ぎ捨てていた上着に手を掛けた。そうして、四肢を投げ出し空を見つめたままのセラティンを、冷たい瞳で見下ろした。
「所詮は、出来損ない、か」
「……出来損ない?」
その言葉に、セラティンはゆっくりとソウガに視線を向けた。
手酷い行為の間、最初、セラティンはその瞳に涙を浮かべていた。しばらくして、何かを否定するように涙に堪えた。やがて諦観したのか、セラティンはただぼんやりと空を見つめていた。だが、今ソウガを見つめるその視線は、そのどれとも異なっていた。
――それは、射抜くような、翡翠色の瞳だった。
その視線に、ソウガはぞくり、と背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
(――この私が、恐怖、だと?)
その感覚を否定するかのように口元に笑みを浮かべて、ソウガはセラティンを見下ろした。
「……何か、おっしゃりたいことでも?」
「――何故、僕を抱く?」
感情を押し隠した声で、セラティンはそう問い掛けた。その様子に、傍に跪いていたネストは一瞬息を呑んだ。
「出来損ないを王に仕立てるために、我が精を分けて差し上げたのだが?」
事も無げに、ソウガはそう言い放った。短いその台詞を、セラティンは頭の中でもう一度繰り返した。
湖底に棲まう者たちの上位種族だと、女王の血を継ぐ最後の1人だと、セラティンはネストからそう聞いた。
(……女王になれぬ、出来損ない……。湖底都市を守ることも出来ぬ……)
出会った瞬間にソウガに投げつけられた言葉が、セラティンに答えを導いていく。
(そのために、ラスクも、僕を抱いたんだ……)
愛されていたわけじゃない。
(僕が上位種だから、女王の跡を継ぐ最後の1人だから、ずっと僕を見ていた……? 湖底都市を守るために、僕が『大切』だったのか……?)
そう考えると、全てが納得できた。その時、セラティンの中で、ふ、と張り詰めていた何かが壊れた。
「セラティン、さま……?」
セラティンの様子に耐え難い不安を感じ、ネストはセラティンの顔を覗き込んだ。そこには、凍り付いたような美貌があった。
「だが、出来損ないのあなたでは、ご無理なご様子。その時は……、」
「私が、人柱に立ちます」
ソウガの台詞を遮ったのは、ネストの声だった。
「元よりその予定でした。覚悟は出来ております」
無表情だったその瞳をほんの一瞬だけ見開き、ソウガはネストを見下ろした。
「私なら、ここでも生きていける。……力が集まるこの場所で、死なない程度に血を流し続ければ、あるいは永く都市を支えられるかも知れない。そうおっしゃったのは、従兄(にい)さまでしょう?」
セラティンが見つかる前、『都市の灯が消える時には、私がこの身を沈めます』と、ソウガに告げたのはネストだった。そうして、今ネストが告げた計画は、セラティンを見つけた時、ソウガがセラティンを使って行おうとしていたものであった。
いつもは静かな従弟の強い口調を、ソウガはただ無言で聞いていた。一見優しげで、それでいてネストは頑固である。一度口にしたことは撤回しないことも、ソウガは知っていた。
その時、重く圧し掛かる空気を裂いたのは、セラティンの声だった。
「――させないよ。そんなこと」
それは、抑揚の少ない、それでいて有無を言わせない声色だった。
「もう1度、僕を、抱くがいい」
気だるげな手を伸ばし、セラティンはソウガの腕を掴んだ。そのまま、ソウガを見上げる。
「――お前だけでは無理というなら、ネストも一緒で構わないよ」
自暴自棄になっている、そうしか思えない行動だった。そんなセラティンの胸の奥を思うと、ネストの心は痛んだ。そうして、冷たい視線のまま喉の奥で笑ってみせ、その華奢な身体を押し倒す従兄の狂気に、ネストは哀しみを抑えられそうになかった。寝台の上、2人の四肢が絡み合っていく。ネストは唇を噛み締めて、天を仰いだ。
(ラスク従兄(にい)さま……。あなたは、何をしてらっしゃる……)
もう1人の従兄が、『出来損ない』と言われ、湖底神殿には生きて辿り着けないことは、ネストにもよく判っていた。でも、そう怒りをぶつけずにはいられなかった。
「――王になってやる」
圧し掛かってくるソウガを両腕で絡め取りながら、セラティンはそう言葉にした。
(それが、あなたの望みなら)
閉ざしたセラティンの瞳に、ラスクの姿が映った。
(……そして、全て終わらせてやる)
そう決意したセラティンの流れるような目尻から、涙が一筋だけ零れ落ちた。