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「ソウガ……?」
ネストの声に、セラティンはソウガを見上げた。その姿形は、正しく湖底人そのものであった。しかし、ソウガは、セラティンがこれまでに見た2人の湖底人―ラスクとネスト―とは明らかに違う雰囲気を持っていた。ラスクには、包み込んでくれるような温かさがあった。ネストには、やわらかい優しさがあった。だが、ソウガからは冷たさ以外の何物も感じ取れなかった。
左肩で緩やかに編まれた黒髪は、何処かラスクを思わせた。蒼い瞳もラスクの色に良く似ていた。
だが、
(怖い……)
その視線に、セラティンはぞくり、と背筋が凍りつくような錯覚を感じた。
(に、逃げなきゃ……)
そう思い、後退ろうとしたセラティンに向かって、ソウガが手を翳す。ただそれだけのことで、セラティンは身動き1つ出来なくなった。寝台の上、少し後退り掛けたままの格好で、セラティンはびくりと身体を強張らせた。
「何処へ行かれるおつもりか? 出来損ないの分際で」
ラスクに良く似た、それでいて抑揚のない声をセラティンの頭上に落とし、ソウガは喉の奥で笑った。
「女王になれぬ出来損ない。美しいこの都市を守ることも出来ぬくせに、その美貌だけは受け継いだというわけか」
「従兄(にい)さま!」
ネストの声が割って入る。
「乱暴はお止め下さい!」
ソウガの行動を阻止しようと試みたネストの身体が宙を舞った。そうして、柱の一つに背中を打ち付け、ネストはその場所に崩れ落ちた。
「そこで見ておれ」
「……ですが、従兄(にい)さま。せめて、せめて、説明を……」
頭を垂れてそう嘆願するネストに、ソウガは最後まで視線を向けることすらしなかった。ただ凍て付くような瞳にセラティンを映したまま、ソウガは口端を持ち上げて笑みを浮かべた。
「さて、セラティンさま。ゆめゆめ私の期待に背かれることなきよう……」
そう告げた後、ソウガは無表情でセラティンの膝を割った。両脚をぐいっと開かれ、身体を割り込まれる――、それが何を意味するのか、セラティンは厭というほどよく知っていた。
(――犯される……ッ!?)
セラティンの身体を恐怖が走った。
「……ぃ、いや、だ……」
声になりきらない掠れた音が、かろうじてセラティンの喉から零れた。セラティンの動かない身体がただかたかたと震え続ける。
その様子に、くっく、とソウガは何処か楽しげに笑った。
「は……ッ、……あ、……、いや――……ぁッ、」
狭い空間に、粘液の音と、セラティンの叫び声だけが響いた。
愛のある行為ではなかった。
ソウガはその圧倒的な力でセラティンの身体を捻じ伏せ、一方的に無慈悲な行為を強い続けた。何度も何度も陵辱し、束の間の休息を与えては、また犯す。終わりの見えないその行為の中、セラティンはただ掠れた声を上げていた。
「あ、……ぃ、や……ぁ、あ、」
激しい抵抗を繰り返していたセラティンの両腕は既にその力を失い、寝台の上にだらりと伸ばされたままになっていた。大きく開かれたセラティンの両脚の間で、ソウガが蠢く。繰り返される律動に意識を攫われそうになりながら、それでもセラティンは呼吸を合わせることさえも拒み、掠れた拒絶の声だけを上げ続けていた。
「……や、……もう、……嫌、ぁ――……ッ!」
ソウガの動きが激しくなる。胎内を支配していく耐え難い圧迫感に、セラティンは唇を噛み締めて、その時に耐えた。
セラティンにとって、最早何度も経験させられた行為だった。
初めは、養父母に金を払った男たちが相手だった。彼らは欲望に任せてセラティンを犯した。次は、セラティンの兄たちだった。彼らは、血の繋がらない弟を苛めて遊んだ昔と同じ眼差しで、美しく育った弟を弄んだ。
彼らに共通していたことは、美しいセラティンが乱れることを楽しみ、セラティンの都合などお構いなしにセラティンの中に欲望を放ったことだ。その行為は、セラティンに苦痛と屈辱しか与えなかった。
――『大切だからです』
セラティンを抱く理由をそう言ったのは、唯一、ラスクだけだった。その言葉は、セラティンが欲しいと願い続けてきた言葉だった。他ならぬラスクにそう告げられ、セラティンの心は躍った。ラスクの腕に抱かれ、ラスクの精を受けた瞬間は、セラティンにとって至福とも言える瞬間だった。
それなのに――。
(本当に、僕が、大切だった……?)
ソウガが強いる行為が、セラティンに1つの疑問を投げ掛けていた。
(何故、僕が大切だった……? ……ここに、連れてくるため……?)
どうしても、その考えに辿り着いてしまう。
「――……ッ」
再び胎内にソウガの精が注ぎ込まれた感触に、セラティンは身体を強張らせた。微かに開いたセラティンの瞳に、無表情のままふうっと息を吐くソウガの姿が見えた。そうして、これまでと同様に、ソウガはセラティンの身体を放り出し、冷たい視線でその変化をじっと見つめた。
「あ、あ……ッ」
一瞬の間を置いて、ぞわり、とした感覚がセラティンを襲った。それは、身体の奥から湧き上がってきた何かが身体を構成する全てのものを作り変えていく、そんな感覚だった。
繰り返される行為の中、それがソウガの目的だと、セラティンは何となく理解した。そうして、ラスクに抱かれた時、同じ感覚に支配されたことも思い出していた。
(僕を、何かに、変えるため……? そのために、ラスクは、僕を、抱いた……?)
辿り着いてしまったその考えを、セラティンは必死に否定した。
(……違う、違う……。ラスクは、ずっと僕を見てくれていた……。大切だと、そう言ってくれた。――でも、でも、何故……?)
開いたままのセラティンの瞳から、何かが溢れてくる。その透明な液体とともに、大切な何かが失われていく、そんな錯覚に襲われ、セラティンはぐっと涙を堪えた。
「まだ、か」
小さな舌打ちとともに、ソウガがそう言い放つ。
涙に滲むセラティンの視界の中、ソウガの冷たい視線が、ラスクの視線と重なってしまうような気がして、セラティンは固く瞳を閉ざした。