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「何処で油を売ってたんだい!? 薪割りもまだじゃないか!」
帰り着くなり、養母である女主人に怒鳴られ、セラティンは頭を垂れた。手が伸ばされる気配に、殴られることを覚悟する。
「……な、何?」
それなのに、叩かれると思っていたその手に突然顎を掴まれ、セラティンは瞳を丸くした。
「ふうん……、なるほどね」
そう呟き、養母はばさばさに伸びたセラティンの黒髪を掻き上げた。そうして、セラティンの汚れた頬を袖で拭い、そこにある綺麗な翡翠色の瞳を確認して、満足げに鼻を鳴らした。
「……養母(かあ)さん、?」
事態が判らず、少し怯えたようにセラティンは養母を見上げた。その表情にも満足したらしく、養母は何処か嬉しそうに瞳を細めた。
「もういいよ。湯浴みして、これに着替えな。今日は大切なお客様がいらっしゃるから、あんたも同席するんだよ」
その台詞に、セラティンは瞳を白黒させた。仕事が終わるまでは食事も睡眠も許されない、それがセラティンの中の常識だった。その上、手渡されたその衣装は絹製で、初めて触れるものだった。何が起こっているのか判らず、それでも逆らう訳にはいかず、セラティンは渡された衣服をじっと見つめた。そうして、支持された湯に向かうべく、足を向けた。
「なるほど、これは美しいですなぁ……」
「いやいや、目の保養をさせていただいた」
男たちが吐く不躾なその台詞に、セラティンはやっと、肌を磨かれ、袖を通したこともない綺麗な衣装に飾り立てられた理由が判った。
(……僕は、観賞用の花か)
心の中でそうぼやきながら、セラティンは養父母にとって大切な客らしい3人の男たちの身形を観察した。それなりに身分は高そうである。大切な商談相手か、あるいは領主様に縁のある方かも知れない。いずれにせよ、機嫌を損ねるわけにはいかないだろうことは、養父母の態度からセラティンにも良く判った。
だから、じろじろと値踏みするような視線に吐き気を覚えつつも、セラティンは終始笑顔を絶やさないように努力した。
(男の僕を鑑賞して、何が楽しいんだか……)
そうぼやいてみても、この家に若い女性がいないことも、セラティンは十分承知していた。だからといって、養父母の性格からして、わざわざ金を払ってまで若い女性を連れてくるわけがない。決して財産がないわけではないが、金が出て行くことを快しとしない養父母は、使用人すら極力雇おうとはしない。そのため、大きな屋敷の家事と雑用も、離れを借りている老夫婦とセラティンが全て行っているくらいである。養父母にも実子が2人いるが、いずれも男でお世辞にも鑑賞に値する外見ではなかった。今日も同席していたが、周りにはお構いなしといった様子で、セラティンに向かってにやにやした意味ありげな視線を投げているだけであった。
(……確かに僕なら安上がりだけどな)
仕方がない。そう思い、セラティンは1つ息を吐いた。
(でも、何だか知らないけど、男の僕でも目の保養にはなってくれたらしい。後で役立たずだったと折檻されることもないだろう……)
セラティンには、それが救いに思えた。
だが、事態はセラティンの想像を遥かに超えたものだった。
男である自分が、彼らの性欲の対象になりうるなんて、この時のセラティンには考えも及ばなかった。そうして、自身がどれだけ美しいかも全く理解していなかった。
そう、着飾ったセラティンの美しさに、せっせと皮算用をしている養父母の腹の中など、セラティンは全く想像もしていなかったのである。
「……はー、疲れたぁー」
笑顔を作りすぎたせいか、少し痛む両頬を掌で解しながら、セラティンは寝台の上にぱたんと倒れた。
「厩舎でパンでもかじってる方がまだましだよ……」
そうぼやいて、セラティンは瞳を伏せた。ふうっと大きく息を吐く。
その時、がちゃり、と扉を開く音が響いた。
「……誰?」
月明かりだけの薄暗い部屋の中、セラティンは開かれた扉の方を振り返った。
「……兄さん?」
養父母の実子であるアンリとジャンの姿を見つけ、セラティンはそう声を掛けた。無言のまま扉を閉めて、2人がセラティンの方へと歩いてくる。
「な、何……?」
何処か異様な雰囲気を感じ取って、セラティンは慌てて寝台から起き上がった。何故だか逃げなきゃいけない、セラティンの頭の中で警鐘が鳴っていた。
「あぅ……ッ!」
距離を取ろうとしたセラティンを、アンリの腕が捉える。そのまま腕を捩じ上げられて、セラティンは苦痛の声を上げた。
「や、何する……ッ!」
声を上げようとしたセラティンの口を、ジャンの手が抑えた。
「まんまと騙されてたぜ。お前がこんなに綺麗だったとはな」
ごくりと喉を鳴らして、アンリがそう告げた。
「どうせ夜には客に抱かれるんだろ? 俺たちにもいい目を見せてくれよ」
「……何、だって……?」
荒い息で告げられたジャンの言葉に、セラティンは目の前の世界が歪むような錯覚を覚えた。だからといって、セラティンも大人しく従うつもりはなかった。1つ息を吸って身体を反転させると、セラティンは腕が軋むのも構わずに、アンリの腕から逃れた。
「嫌だッ!」
翡翠色の瞳で兄たちを見据えて、セラティンはきっぱりとそう言い切った。だが、圧倒的にセラティンが不利な状況であった。華奢なセラティンと違い、兄たちは20代半ばの完成された男の体格である。2人掛かりで抑え込まれたら逃げ出せない、そう考えながら、セラティンは扉との距離を計った。
その時だった。
「何やってんだい!?」
扉が開かれ、養母の声が飛び込んで来た。
「養母(かあ)さん……」
ほっと安堵すると、セラティンの膝から力が抜けた。そうして、その場にへたり込みながら、セラティンは養母を見上げた。
助けてくれる――、次の台詞を聞くその瞬間まで、セラティンはそう信じきっていた。
だが、
「お前たち、大事な商品に傷をつけるんじゃないよ。お客さまが先だ。お前たちは後で楽しみな」
頭上から投げ掛けられたその言葉を聞いたとき、セラティンの思考は完全に停止した。