Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 湖底に射す陽の光 

 第5話 


「……は、……あ、」
 小さな吐息とともに、セラティンは翡翠色の瞳を開いた。
(な、に……?)
 何かに包まれるようなそんな温かい気持ちだった。無造作に投げ出した腕が触れる乾いた感触に、セラティンは枯れ葉の上に横たわっていることを理解した。
(誰か、いる……)
 ゆっくりと視線を巡らせると、足元に青年の姿があった。次の瞬間、飛び込んで来た信じられないその光景に、セラティンは瞳を大きく見開いた。
「え……!?」
 セラティンの両脚は、大きく左右に開かれていた。白い大腿の間に、青年の姿があった。
「あ……ッ」
 身体の中に挿入された青年のものを感じ、セラティンは小さな声を上げた。突き上げられる動作に、身体が強張った。
「我が君、」
 セラティンの様子に気付いた青年が顔を上げる。
「お許し下さい」
 そう告げられ、セラティンは小さく首を振った。
「あ、はは、」
 セラティンの喉から、乾いた笑い声が零れる。
(僕は、男に、抱かれる身体なんだ……)
 最早、笑うしかなかった。
 大切だと思っていた養い親に売られた。金を払った男たちに犯された。家族だと思っていた兄たちにも犯された。そうして今、ずっと心の支えにしていた彼に、セラティンは犯されているのだ。
 何処にまだそんな感情が残っていたのか、開いた瞳から零れる涙を抑えられず、セラティンはもう一度無理矢理口元に笑みを浮かべた。
「――何故、僕を抱く?」
 それを訊いたところで何がどう変わるものでもないことはセラティンにも判っていたが、気がつけばセラティンは彼にそう問い掛けていた。客であった男たちや兄たちが自分を抱いた理由など考えたくもなかったのに、どういうわけか彼がそうした理由だけはちゃんと訊いておきたかった。
「大切だからです」
「……え?」
「あなたが、何よりも大切だからです。我が君」
 返されたその答えに、セラティンの表情から笑みが消えた。驚いたセラティンの視線の先、真っ直ぐにセラティンを見つめる蒼い瞳があった。
(……嘘じゃない――)
 確かにそう感じた瞬間、セラティンは胸に温かいものが込み上げてくるのを感じた。それは先程目覚めた瞬間にセラティンを包んだ感覚とよく似ていた。
「――嬉しい……」
 思わず零れたその言葉には、セラティン自身も驚いた。だがそれは紛れもなく真実だった。
(ああ、僕は、この人を愛してるんだ……)
 その気持ちに気付いて、セラティンは長い息を吐いた。
 苦痛と屈辱しか知らなかった行為が、歓喜に変わった。
 投げ出していた腕を青年の背に回したセラティンの口からは、甘い吐息と熱に浮かされた声が零れていった。
「……あ、」
「――ッ」
 小さく息を詰めて、セラティンの中に精を放つと、青年はセラティンの身体を折れんばかりに抱き締めた。
「お許し下さい……。こうするしかありませんでした……」
「あ、あ、あ……、な、何……!? あ、ああ――……ッ」
 次の瞬間、セラティンの喉から悲鳴に近い声が上がった。
「か、身体が……ッ!」
 急速に変わっていくその感覚に、セラティンは心底恐怖した。開いた口からは、最早大気を吸い込むことは全く出来なかった。大好きだった陽の光すらも、肌に痛い。
「い、いや……、だッ!」
 抗える限りの力で、セラティンはその変化を拒んだ。だが、その全てが無駄に終わった。
「――参りましょう、我が君」
「ど、何処へ……?」
 問い掛けた時には、セラティンは既に抱え上げられていた。
 そうして、
「あああ――……ッ!」
 その悲痛な叫び声を最後に、セラティンは青年とともに湖の中に消えた。




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