IZUMINO-izm 23年07月号より
ある漂着ゴミの謎

恒例の(?)ウンコネタである*1。何度か本欄で書いたが、私が高校卒業まで過ごした三重県の実家は木曽三川*2河口域にある。三川の中でも実家に最も近く、最もよく行ったのは長良川である。少年時代、長良川河口近くの川岸で、消波ブロックの隙間などに最も数多く見つかるゴミはイチジク浣腸の空き容器だった。当時私は、それは川の上流から流れ着いたものだと考えていたが、いかに流域面積が広い長良川といえ、見つかるゴミの密度を考えるとあまりにもその数は多すぎ、どうにも腑に落ちないと思いつつ、この「多量さ」の原因が何か不明のまま、私は数十年生きてきた。だが、最近になってから、この現象の謎が解けた気がする。

結論を先に言うと、それは「屎尿の海洋投棄」だ。かつて全国各地で、都市などの家庭からバキュームカーで集められた屎尿は海洋投棄されていた。すると、次のようなストーリーが浮かんでくる。陸からさほど遠くない伊勢湾内のどこかに屎尿が投棄される。屎尿はやがて海中で拡散するが、浣腸の空き容器は海上に長く留まる。そして潮の干満や風の影響で川をさかのぼり、このあたりで漂着ゴミとなる。こう考えると、実に合点がいく。なにせ、すぐ近くは名古屋という大都市なのだから。

そして、伊勢湾でかつて屎尿の海洋投棄が行われ、しかも木曽三川の川筋に屎尿運搬船の発着場があったことを裏付ける記録をたまたま私は見つけた。それは、公害Gメンとして名高い田尻宗昭*3(1928〜1990)の著作*4である。田尻は四日市海上保安部勤務時代、公害企業の産廃不法投棄と闘っていたのだが、企業側はやがて田尻らの追及をかわすため、廃棄物を屎尿に偽装し、運搬船に積み込んで投棄するようになった。そこで、さらに追及しようとする田尻らとの間で、双方が釣り人に変装した見張りを立てるなど、スパイ映画さながらの攻防が、当時の私の実家のすぐ近くで繰り広げられていたのである。

さらにもうひとつ、田尻の別の著作*5の中で興味深い記述を見つけた。それは、田尻が四日市から田辺(和歌山県)に異動になった時のこと。田尻はある日、和歌山市職員が大量の屎尿を外洋でなく和歌山港のど真ん中に投棄しているのを見つけた。尋ねると、廃棄物処理法では屎尿等をみだりに捨ててはならないと書いてあるが、これは「みだり」ではない、厚生省(当時)も承認していると、堂々と答える。そこで本省へ問い合わせるが、今ひとつ要領を得ない。そんなバカな話はあるかと、田尻は作戦を変更する。投棄予定の屎尿を一時貯留するために和歌山港近くの川に設置されているタンクを連日調べ、中に浮いているゴミの数を数えることにしたのだ。そして、屎尿ではなく港内へのゴミの不法投棄として送検にこぎつけた。この本の中で「屎尿タンクの中に浮いているゴミ」が具体的に何だったのかは書かれていない。だが、少なくともその多くは浣腸の空き容器だったのではないか?

以上2点が、私の「海洋投棄原因説」の根拠である。

次号に続く)

*1)湧水でウンコをテーマに書いたのは、2016年5-6月号2022年5月号など。
*2)木曽三川:木曽川、長良川、揖斐川の3河川を合わせてこう呼ぶ。
*3)田尻宗昭については、湧水2017年12月号参照のこと。
*4)田尻宗昭:四日市・死の海と闘う、岩波新書、1972年
*5)田尻宗昭:公害摘発最前線、岩波新書、1980年

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