アーク撮影技法の基礎知識:アークの特徴(概略)
右図にティグアーク(GTA)溶接の原理図を示します。通常は、タングステン電極をマイナスに接続し、アルゴンやヘリウムなど各種の不活性ガスをシールドガスとして用いて、母材にアークを発生させます。溶接法としては最も単純な方法ですが、室温と等しい温度の電極と母材との間にアークが発生するとアーク部の最高温度は2-3万度に達し、タングステン電極では3000度程度、母材部最高温度は溶融点以上になり、溶接が進行します。電極とアーク及びアークと溶融池の界面では極端な温度差が生じ、電子の放出や突入には電極表面の温度と酸化度合いが大きく影響する非定常な現象であり、未解明な部分が多く残された研究対象でもあります。
アーク部がアルゴンもしくはヘリウムで完全にシールドされている場合、アーク部からの発光は原子及びイオンから放射される離散的な波長の光を含みます。右図にアルゴン及びヘリウムの代表的な特性スペクトル分布を示します。放射される光の多くは紫外域から可視光領域に含まれており、その強度は強く、直接見ると失明の危険があります。各スペクトルの強度はプラズマ温度に依存し、また電離、励起、再結合など様々な過程が同時に発生します。その反応過程により特性スペクトルから若干遷移した光と連続スペクトルも放出されます。スペクトル間の強度比やスペクトルの広がりなどから、プラズマ過程が類推できる現象でもあります。
一方、電極や溶融池も高温となり光を放出します。タングステン電極の温度は3000度程度とかなり高温であり、電極は明るく発光します。溶融池の方は2000度程度とアークに比べて低温度であり、アークが存在している状態では、ほとんど明るさは感知できません。アークが途切れた後、ようやく赤い色を識別できる程度の発光強度です。右図は各温度の物体から放射される波長を示しています。赤いハッチ部分が人の可視範囲で右端が赤色系となります。
光や電子の放出に関係する方程式を右に示します。これらの関係式は全て高校程度の物理の教科書に記載されている基本的な方程式です。電極及び溶融金属などの高温物体からの光(熱)放射は、表面温度に依存した波長にピークを有する連続波長の光で、波長分布は温度だけで決まります。物体表面の温度が高いと放射される光は強く、その強度が最大となる波長は短波長側に遷移します。
各温度での光強度分布とその最大強度の温度との関係を右図に示します。観察の対象としているGTA溶接の溶融池からの発光は近赤外領域が多くを占め、可視光帯域の光強度はさほど高くないことが理解できます。金属の蒸発温度(3,000K近辺)で発光スペクトル強度が最大となるのが950-1,000nmの波長帯域、金属の溶融温度(1,900K近辺)で発光スペクトル強度が最大となるのが1,500-2,000nmの波長帯域となります。一方、アーク光は可視光を中心に近紫外から赤外まで広範囲の光波長です。アルゴンやヘリウムには、900-1,00nmの領域には強力な特性スペクトルが含まれず、再結合による連続波長成分がほとんどとなります。これらを踏まえると、950nm近辺の光のみを透過させる狭帯域の干渉フィルタを利用することでアーク現象を明瞭に撮影できることが理解できます。
次ページ 2014.10.20作成 2017.1.21改定