1.デジタルカメラの基礎知識

はじめに

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 アーク溶接現象を撮影するための基礎知識を紹介します。一般的には、カメラやパソコンなどの撮影機材を溶接現場に持ち込み撮影することになります。アーク溶接の場合には、1cm程度の非常に狭い空間に眼に有害な1万度を超える明るいアークが発生する状況を撮影します。希望する大きさの画像を満足できる画質で撮影するためには、撮影する対象のアーク溶接とカメラに関する知識と、さらに使用するパソコンと撮影した画像データに関する知識が必要となります。
 撮影対象が、(1)アーク溶接をしている全体の状況が、(2)トーチを含めた比較的狭い領域か、(3)アークプラズマあるいは溶融している領域(溶融池)かによって、撮影の仕方が変わります。 全体状況の撮影では、アークが発生している領域は非常に小さく、比較的簡単に欲しい画質と大きさの映像が撮影できます。撮影する領域が狭くなるのに伴い、周囲の明るさに対してアークの光が強くなります。このため、欲しい領域を求める画質で撮影することは難しくなります。特に、溶融している領域を撮影するためには、カメラをアークが発生している近くまで接近させる必要があるため、全体のコントラストだけでなく、アークによる熱やスパッタに対する防護も必要となります。全体の状況からアークに接近するにつれて背景が撮影されなくなる様子に注目してください。明るさの分布図で比較すると、全景では明るいところから暗いところまで一定の値が分布します。アーク近傍を大きくするのに伴い明るい領域は小さくなり、暗い領域が多くなります。絞りや露出時間の選定にも依存しますがアークが発生している明るい領域と背景部の暗い領域どちらかのみが表示されます。カメラで撮影できる明るさの範囲に限界があること、明るすぎる部分が飽和して輝度差を感知できないこと、暗い部分では雑音の影響が相対的に強くなることなどの問題があります。
 最近のデジタルカメラやスマホの撮影能力は非常に高度化し、撮影可能な光量の帯域幅も広くなり、撮影したデジタル映像を内部処理して、撮影画像全体を明瞭に表示させる機能が発達してきています。このため、アーク溶接現象の撮影が意外にうまくいきます。しかし、輝度情報を定量的に考察するには不向きとなっています。  人は太陽からの光の恵みを受けて、快適に生活しています。人間の感知できる光波長(可視光)範囲は約350nmから約800nmで、太陽光のスペクトル分布はほぼ連続的な波長分布となっており、波長と人の感じる色合いは紫から赤までとなっています。太陽から実際に放射されているスペクトル分布や、大気中で分散・吸収されているスペクトル成分についてはここでは触れません。
 アーク溶接で発生する光は、電離と再結合などの時に発生する特定波長の離散的な光を含んでいることに特徴があります。右図の上半分はスペクトル波長と人の感じる色との関係が表現され、下半分は鉄蒸気から発生する放射光の離散的なスペクトルの波長分布です。

次ページ   2014.10.10作成 2017.1.22改定

小川技研サイト
アナログ世代

・高速度ビデオの高機能化と低価格化とにより、溶接現象の「可視化」は誰でも普通に使用できる技術になりました。筆者のように16mmフィルム高速度カメラを利用した経験のあるアナログ世代にとっては、想像を絶する技術の進歩と文化的な断絶を感じてしまいます。
・半世紀近く前のフィルム撮影の時代には、メカニカルな機構が目に見え、現像焼付けの過程も自前で行えたため、なんとなくすべてを理解して撮影した気分になっていました。また、撮影結果を目にするまでに時間と費用がかかるため、撮影条件や費用対効果についても真剣に考えて、慎重に準備しなければならない環境がありました。
・最近はほとんど何も考えなくても、撮影装置が自動的に良い条件を選定し、何度でも手軽に撮影しなおすことができます。逆に言うと重要な部分がブラックボックス化しています。この陥穽に陥らないように注意を喚起する意味で、アナログ世代の観点から、溶接現象を観察記録に必要な技術の基礎を紹介しています。