1.4 露光時間(シャッター速度)の効果
通常の光には多くの波長を含まれており波長が異なると屈折率も違うために、レンズを通した光が理想的な一点に収束することが難しくなります。これをレンズ収差と言います。収差は、大きく分類すると色の波長の違いによって発生する色収差と、単色光によって発生する収差の二種類に分類できます。色の波長によって屈折率が異なるために色収差が生じます。赤系の波長は長くて屈折率が弱く、青系の波長は短くて屈折率が強いことに起因します。色収差には、二種類の収差があり、色の波長によって結像位置が異なる軸上色収差と、色の波長により結像倍率が異なる倍率色収差があります。一方、単色光によって発生する収差には次の、(1)球面収差、(2)コマ収差、(3)非点収差、(4)像面湾曲、(5)歪曲の5種類の収差が有ります。これをサイデルの5収差と呼んでいます。
アーク現象の撮影で一番問題になるのは、「球面収差」と「色収差」と考えています。球面のレンズではレンズの周辺になる程、屈折力が強くなります。結果として、一点に光が収束せず、一定の範囲を持ったスポット光になりこれを球面収差と言います。球面収差を少なくするために、レンズ周辺の曲率をゆるくした非球面レンズが作成されています。
太陽光線(白色)をレンズに通した場合、短波長のスペクトルの屈折率が高くなり、像の周辺に虹色のにじみが出ます。これを色収差と言います。色収差を小さくするために、「色抜きレンズ」として、何枚かのレンズを重ねます。しかし、これもレンズ厚が増えると、「光透過率」が下がり、抜けの悪いレンズになります。また、画素(ピクセル)のサイズにより画像の解像度(きめ細かさ)が大きく影響されます。同じ素子サイズで比較すると、ピクセルが細かくなると解像度が上がり、きめ細かい画像になりますが、メモリサイズは2乗で膨らみます。
アーク溶接現象の撮影では、(1)解像度(2)撮影速度(3)撮影時間の決定が重要になり、すべてメモリサイズに影響します。また、高速度ビデオ撮影では、撮影自体は一瞬で終了しますが、膨大な量の画像データが蓄積されており、撮影した画像を外部記録装置に保存するのに要する時間が膨大になります。これら撮影対象の特性をきちんと理解して、最適な撮影条件を決める必要があります。上表にカメラで撮影する時の撮影条件の大まかな関係を示しておきます。
(1)絞りと(2)露光時間(撮影速度)の設定とが、実際の撮影では重要となります。右図に絞り一定で露光時間(シャッター速度)を変化させて撮影した画像のヒストグラムの例を示します。露光時間が長いとアークの部分が飽和してしまいます。逆に露光時間が短いと最高輝度が255未満となり、データの有効利用ができなくなります。この例では1/250sから1/500sの間のシャッター速度が最適速度と言えます。
右図に1/10s、1/90sと1/1000sのシャッター速度例を示します。露光時間が長いと全体が明るくなり、短いと全体的に暗くなります。アーク現象の場合には背景とアークとの明るさの違いがCCD撮像素子の実効感度より大きいために、背景からアークまですべてを撮影(表現)することは不可能です。電極と溶融池周辺の状況を観察するという目的ならアーク部分が飽和する条件(長い露光時間)を選定することになります。溶融池の中心部を観察したいのであれば、露光時間をやや短くしてアークのかぶりを少なくする必要があります。アークを詳細に観察したい場合には、画像がアーク光で飽和しない条件、この場合には1/1000s以下に設定する必要があります。また、シャッター速度が遅いと手ぶれや被写体ぶれを引き起こしやすいので注意が必要です。
露光時間を短くすると、電極先端部近傍での再結合による発光と、溶融池の陽極点金部での金属蒸気のイオン化と再結合による発光が観察することができます。このように同じ被写体でも、露光時間の違いで撮影された映像は大きく変化します。露光時間は1/30秒から1/2000秒と60倍以上変化していますが、背景の黒い部分にはほとんど影響がないように見えます。実際この黒い背景部分のヒストグラムをみると有意な差は認められません。これは通常のカメラでは、外部照明を用いない場合には、アークと背景を同時に精度良く撮影することがほとんど無理だということを示しています。アークだけでなく背景部をも明瞭に観察したい場合には、アーク光に匹敵する外部照明が必要となります。
上図は強力な外部LED照明を用いた状態で露光時間を変化させてアークと溶接トーチとを撮影した例です。露光時間が短いと溶接トーチは認識できません。露光時間が長くなると溶接トーチがはっきりと認識できるようになりますが、アークからのハレーションが大きくなります。右図に輝度分布の例を示します。アーク部分の輝度は255とすべての撮影条件で飽和していますが、露光時間が短くなるとトーチ部分の輝度は急激に低下しています。この映像の比較でアークの光が相当強烈であることがわかります。
右図に照明と露光時間の影響を比較した例を示します。左端はアークも照明もない条件で露光時間を8秒と長くして撮影した写真、その右は露光時間が1/2秒に相当するように図の明るさを換算した写真、その右は外部照明を用いて露光時間1/2秒とした写真、右端は同じ撮影条件で100Aのヘリウムアークが発生している時の写真を並べて表示しています。この右端の写真は二つ上と同じ写真となります。これでよい写真を撮影するためには適正な照明が必要なことと、アークの光がかなり強いことが理解できると思います。ただし、モニタに表示あるいは印刷された映像の場合には、見た目には真っ黒で意味のない映像でも、輝度データとしては十分使用可能な値を保持している場合もあります。モニタに表示する場合には、暗い部分を強調するためにガンマ値を変更している場合が多くあります。
シャッター速度が遅い(露光時間が長い)と写真にブレが生じやすくなります。また、レンズの焦点距離が長い(望遠)ほど、ブレが目立ちやすくなります。ブレには手ぶれと被写体ぶれがあり、手ぶれはカメラを持つ手の震えによるカメラ自体のブレであり、被写体ぶれはシャッターが開放されている時間に被写体が動くことによって生じるブレです。手ぶれは三脚やリモートレリーズを利用することにより解消できます。最近のデジタルカメラの中には手ぶれ補正機構が導入され、かなりの低速シャッターでも手持ちで撮影できるようになっています。被写体ぶれは、露光している時間の間に被写体の位置が異なる画素まで移動するために生じます。代表的な被写体ぶれとしては、滝の写真などの水の流れがあり、溶接現象の撮影ではワイヤ先端の溶融金属の移行状態の撮影があります。被写体を静止させたいときには高速シャッターを用い、ぶれ(モーションブラー)の要素を取り入れようとするときはシャッタースピードを遅めに調節します。ただし、高速シャッターの場合には、絞りを開く、あるいはストロボを利用するなどの方法による露光時間の短縮が必要です。
次ページ 2014.10.10作成 2017.12.31改定