8.高速度ビデオを用いたアーク現象の観察     

はじめに

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 機器の高性能化と価格の低下により、高速度ビデオを用いた観察や計測が容易に行なえるようになっています。現在では、特に何も考えなくても高速度ビデオの営業担当者から簡単な使用説明を受けただけで、ある程度の品質の高速度撮影が可能になっています。とは言いながら本当に観察したい現象を明瞭に撮影するためには、撮影したい現象に関する知識は不可欠です。本章の概要については、溶接学会誌84巻1号pp.25-30(2015)に掲載された「高速度ビデオカメラを用いた溶接プロセスの各種計測技術」、あるいは高温学会誌37巻3号p.99-107(2011)に掲載された「溶接現象の可視化技術」を参照できます。以下では、最も簡単なティグ(Tungsten Inert Gas)溶接について説明します。
 ティグ溶接は、不活性ガス雰囲気中でタングステン電極から電子を放出し、その電子が母材に突入して発熱することにより、母材を溶融させる溶接法です。日本では一般的にはティグ溶接と呼ばれていますが、欧米ではGMA(Gas Metal Arc)溶接との関連で、GTA(Gas Tungsten Arc)溶接と呼ばれることも多く、私はGTAを通常使用しています。
 タングステン電極は非消耗電極と認識されており、原理そのものは非常に単純です。電子の放出を助けるために数パーセントの酸化トリウム(トリア)もしくは希土類元素が混入されており、アーク放電の最中にトリアや酸化タングステンなどが蒸発(昇華)により外部に放出されます。放出された酸化タングステンは高温気体中で解離し、タングステン原子の一部はタングステン電極に衝突して凝固結晶化して、リムと呼ばれるデンドライト結晶の構造体となります。プラズマ中心部は最高温度が2−3万度にも達しますが、タングステンは3653K以上で溶融します。プラズマと電極とでは非常に大きな温度差があり、電極表面はプラズマから頻繁に飛来するイオンや原子に衝突されており、また界面ではイオンと電子の再結合も起きているなど、未解明な部分も残っている研究対象です。
 プラズマ内部には母材や電極から蒸発した金属イオンも存在し、アークの状態に影響を及ぼしており、これらの現象も解明されつつあります。溶融池表面でも複雑な現象が生じています。電子が集中して突入する母材の領域をアノード領域と呼んでいますが、固体表面に酸化物皮膜や溶融池上にスラグなどが存在する場合に、それらの領域にアノードが集中して形成される場合もあります。また電子が非常に軽いことから、アーク自体は磁界に大きく影響されます。このため、特に板の端部などの磁界が不均衡になる場所では、磁気吹きなどが生じる場合があります。
 溶融池の内部には比較的早い流れが存在しています。タングステンやジルコニウムなどの標的粒子を投入して高速度X線撮影で内部の流れを測定することも行われています。私の経験では、標的粒子を用いる場合には、標的粒子の大きさ、温度と表面の清浄度及び溶融金属に対する濡れ性が、溶融金属内での移動に非常に大きく影響します。同時に表面での流れと内部との流れは決して同じではなく、表面の流れのみを見ていると誤解が生じてしまうと思っています。凝固した後の挙動は比較的単純ですが、相変態にともない歪の蓄積が生じ、はなはだしいときには割れが生じることもあります。
 個々の現象に応じて、観察手法は異なります。本章では実際に高速度ビデオを用いて現象観察を行う場合の注意点などについて紹介していきます。

次ページ   2014.10.10作成 2018.4.5改定

小川技研サイト
映像理解と意識

 溶接現象の研究で高速度ビデオを用いる場合、技術的な観点だけで終始しがちです。時々は毛色の異なる書籍を読み、雑学を蓄えることも大切だと感じています
 以下の順序で読書することを推奨します
・脳の意識 機械の意識/ 脳神経科学の挑戦, 渡辺正峰, 中公新書(2017), ISBN 978-4-12-102460-2
・あなたの脳のはなし/ 神経科学者が解き明かす意識の謎, デイヴィッド・イーグルマン, 大田直子/訳, 早川書房(2017), ISBN 978-4-15-209706-4
・意識と脳/ 思考はいかにコード化されるか, スタニスラス・ドゥアンヌ, 高橋洋/訳, 紀伊國屋書店(2015), ISBN 978-4-314-01131-0
・意識の進化的起源/ カンブリア爆発で心は生まれた, トッド・E.ファインバーグ, ジョン・M.マラット, 鈴木大地/訳, 勁草書房(2017), ISBN 978-4-326-10263-1
・脳はいかに意識をつくるのか/ 脳の異常から心の謎に迫る, ゲオルク・ノルトフ, 高橋洋/訳, 白揚社(2016), ISBN 978-4-8269-0192-5
・ブラックボックス化する現代/ 変容する潜在認知, 下條信輔, 日本評論社(2017), ISBN 978-4-535-58710-6