8.高速度ビデオを用いたアーク現象の観察  8.8 統計的処理

8.8 高速度ビデオ画像の統計的処理による特徴量の抽出

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 トーチ固定で高速度撮影した画像データは非常に高品質な情報を含有しています。例えば、撮影速度50kfpsで2秒間撮影した映像は、10万枚の静止画像の積み重ねとなります。白黒画像の場合12ビットで記録可能ですから、この場合10万枚のデータの総和は100万ビット相当の数値になります。このような大量のデータからは、1枚のみのデータからは抽出することが到底不可能な特徴量を抽出することが可能となります。また抽出した3種類の特徴量をそれぞれ異なる色で描画し、1枚のカラー画像にすることで画像の特徴を色の変化で類推することが可能となります。
 右図にその一例を示します。左下の画像(b)は画素ごとの平均値を算出し、それを正規化して青色で描画しています。右上の画像(c)は各画素の最大値から最小値を差し引いたものを正規化して赤色で描画しています。右下の画像(d)は平均値を求める際に同時に求めた分散を正規化して緑色で描画しています。左上のカラー画像(a)はこれら3枚の原色の画像を重ね合わせて描画しています。この左上のカラー画像からはさまざまな情報を読み取ることができます。まず、青く表示されている領域は時間的にあまり変化のない定常的な性質があります。電極先端部の陰極部分と溶融池表面の金属蒸気の部分が該当します。緑で表示されている領域は、平均輝度が低く、最大輝度もさほど高くはないが、時間的な変動はかなり大きいもの、に相当し、時間的な揺らぎの大きいヒュームと電極上部側面に発生する傘状に見える金属イオンの再結合による発光領域などが該当します。黄色く表示されている領域は、最大値と最小値の差が大きく時間的に大きく変動するもの、電極表面を走り回る極点がその条件に合致し、黄色い部分に非定常な極点が存在することが理解できます。実際電極側面のこの領域を電子顕微鏡で観察すると、前回のアーク溶接時に表面に析出した酸化タングステンの小さい結晶粒が多数付着しています。橙色から赤色で表示される領域は発生頻度は低いが、輝度が高い現象、例えばアーク発生初期に電極側面から時たま噴出する金属蒸気ジェットなどが相当します。
 近赤外波長のレーザは目には見えませんが、空間を飛行する課程でその経路に存在するシールドガスや不純物のごく一部を励起します。この課程で発光が生じ、カメラから見て発光する領域面積の大きいレーザ光外周部から入力する微小な光により、その平均輝度や分散値が高くなります。少ないデータ数ではその発光領域はほとんど気がつくことはありませんが、データ数が有意に多くなると下図左端に擬似カラー表示している画像にみられるようにレーザ光の存在する領域が識別可能となります。この画像はGMA溶接とレーザ溶接とを併用したハイブリッド溶接を高速度ビデオで撮影した一例です。中央の白黒8ビットで描画した平均値画像では、レーザビーム形状が映っていると考えて注目すれば、なんとなくレーザビームがあるような気になる映像となります。右端は分散値を正規化して白黒表示した結果です。アーク領域は極めて安定しているために、分散値はほとんど0になります(実際には他の部分を明るく撮影するためにアーク部のデータが飽和して、分散値が0になっていると考えたほうが正しいと考えています)。電極先端部は上下変動するために分散値が大きく、また溶融池外周部も時間的に変動するために明るく表示されます。レーザ光外周部も時間的な変動が大きいために割りと高い輝度で表示されています。
 レーザにより穿孔された領域から発生するプルームは一定方向へ噴出していますが、時間的な変動がかなり大きいことが理解できます。
 このように、大量のデータを処理することにより、少数のデータからは抽出しにくい情報を、明瞭な情報として抽出することができます。このことが、可能な限り撮影速度を上げて、大量のデータ採取を推薦する理由です。
 右図は、ワイヤに放電までには至らない低電圧大電流で通電加熱を行い、レーザと併用して溶接を進行させる、ホットワイヤ−レーザハイブリッド溶接の平均画像を擬似カラー表示した例です。この場合にはアークが発生しないので、プルームの輝度がもっとも高く撮影されています。このためプルームの噴出方向が明瞭に描画されています。以上の映像例はトーチ位置一定の場合の画像データの例です。
 以下に溶接トーチが時間的に移動し、母材位置が固定されている場合の映像の特徴について紹介します。ガスメタルアークとレーザとのハイブリッド溶接の一例です。これは実際の溶接において、溶接部の異常の有無をチェックするのに必要な観察の一例となります。
 下図の上側左端はある時刻の1枚の画像を表示しています。アークはかなり明るい輝度を持つ画素の集まりであり、内部での輝度差は緩やかになります。ヒューム領域は、アークより低い輝度の一定の輝度を持った領域で内部の輝度変化は比較的規則的になり、時間的な揺らぎもある程度存在します。上側右端の画像は、全ての時間の映像の内、各画素の最高輝度を描画しています。この画像でアークが時間的空間的にどのような変動をしたのかが分かります。また撮影中に発生したスパッタの軌跡が読み取れます。下側左端の画像は、アーク領域を除去して、ヒューム部分も輝度を下げて描画することにより、発生したスパッタの軌跡を分かりやすく表示しています。下側右端の画像は逆にアークとスパッタとを除去してヒュームがどのように発生しているのかについてと、仮止めビードの位置が明瞭に理解できる画像にしています。ヒュームについてもビード表面から上に漂っていることが分かります。
 下図上側左端の画像は、スパッタを除去してアークとヒュ−ムを表示した例です。この表示で仮止めビードに溶接が差し掛かったときにヒューム(レーザプルーム)の発生が増加していることが理解できます。上側右端の映像は、アーク領域を黄色、ヒューム領域をオレンジ系統の色、スパッタをオレンジで着色した例です。溶接ビード線上左にあるオレンジの領域は溶接ビード部となります。このように色調を変えて描画すれば、それぞれの特徴を理解しやすくなります。左下はある特定の時刻の映像ですが、アーク領域を赤色、ヒュームをオレンジ系で描画し、スパッタは除去してゴーストは着色せずに置いています。溶融池上のヒュームとスラグもオレンジ色で描画されています。このように各領域で画像の特徴が異なることを利用して、擬似カラー表示することにより現象の理解に助けることが可能となります。下側右端の画像は、各時刻の映像から水平方向の最大値を求めて、横軸が時間の時刻歴表示を作成した例です。横軸が時間で、アークとヒュームを青色で描画、スパッタを赤色で描画しています。上下に伸びた線分は比較的鉛直方向の速度が遅いスパッタで、点線状に描画された放物線は鉛直方向の速度が速いスパッタとなります。

 右図は、これらの映像からアークとヒューム領域の面積が時間的にどのように変動するのかについてグラフ化したものです。当然のことながら、アーク面積の時間的変動よりもヒューム面積の時間的な変動が大きいこと、仮付けビード部でアーク領域が減少することが分かります。スパッタ発生個数についても、自動的に算出できます。

次ページ   2014.10.10作成 2017.1.26改定

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関連項目の目次
特徴抽出

・デジカメやスマホでの顔認識技術はほぼ確立されたと感じています。ネット掲載の写真からも人物特定が簡単にできています。

・当初は、対象物全体の輝度や色の分布をヒストグラムとして多次元ベクトルで表現したもの、あるいは、対象物全体の空間周波数、など大局的な情報に着目していました。

・21世紀に入り、各局所領域を独立として考え、各局所領域の輝度情報やエッジ情報に注目して、特徴を考えるようになりました。

・現在は、ビッグデータ化に伴うベイズ統計が幅を利かせていて、局所領域間の関連性や共起性を捉えて特徴量としています。全データの相互相関を計算しても問題ない程度に、コンピュータ資源が豊かになったということです。