水中溶接 3. 水中溶接切断を理解するための基礎知識

3.8 プラズマ

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 プラズマは気体の構成粒子の一定程度の成分が電離・励起した状態、構成成分で言い換えると原子と分子及び励起された準安定粒子群に電子とイオンが含まれた状態を言います。マクロな系全体で見たときの温度と個々の粒子の運動エネルギで分類すると右図のように分類できます。通常眼にする機会の多いのは、固体・液体・気体の3態で、プラズマは気体とは異なり電流を流したり磁石に影響されるなどの性質があるので、物質の第4状態といわれています。もっと温度の高い世界は素粒子を扱う高エネルギ物理の対象になります。
 プラスもしくはマイナスに帯電した荷電粒子群と電磁場が相互作用する複合系になっています。粒子群が運動すると電磁場を変化させ、電磁場の変化は粒子群の運動にもフィードバックされます。この結果、プラズマは固体、液体、気体のいずれとも異なる特有の性質を示します。
 高校までに習った物理の世界のように、物事を単純に割り切れば話は簡単なのですが、多くの要素が相互に作用し、全体として複雑な現象が多く存在し、実際には渾然としてあいまいな世界が広がっています。これらを理解するためには、熱力学・統計力学に頼ることになります。固体、液体、気体、プラズマの順にエンタルピーは高く、プラズマの構成分子であるイオンと電子などが固体や液体に衝突することにより、衝突した領域の温度が上昇し、溶接が進行します。高温の気体が衝突することにより溶融する物質もありますが、溶接対象である鋼材は、プラズマ状態の粒子群が衝突することにより初めて溶融します。
 溶接される鉄は、室温では鉄原子同士の相互作用によるエネルギが得するような配置(基底状態=結晶構造)になっています。温度が高くなってくると、結晶構造を保ったままで鉄原子は活発に運動するようになり、より活発な運動をする鉄原子から不活発な鉄原子へと運動エネルギが伝播します。これが熱伝導です。温度が更に高くなると結晶構造が壊れるほど鉄原子は活発に運動し、特定温度を超えると結晶から独立して動き回りランダムな配置になります。全ての原子が同じ温度であれば話は簡単なのですが、熱(運動エネルギ)は隣り合う原子同士でしかやり取りしませんので、全体で見るとマックスウェル・ボルツマン分布のように温度の幅は広がっています。このため、溶けている領域と溶けていない領域が混在する状態になります。溶けていない領域が結晶構造を保ち全体的には整然とした性質を持っているのに対して、溶けた状態では隣り合う原子同士には相互作用があるものの遠く離れた原子には影響を及ぼさない渾然とした状態になります。このように不連続な変化を相転移といいます。
 固体・液体、液体・気体のような相転移には見た目に分かりやすい質的な変化があります。気体・プラズマでは、眼に見えるようなはっきりとした相転移は見つけにくい状態です。通常の気体を考えると、個々の気体構成粒子は非常に幅広い温度分布を持ち、一部は電離しています。例えばろうそくの炎のように高い温度の気体は電離している成分がある程度存在し、磁石を近づけると炎が動きます。結局、気体とプラズマとは、熱力学・統計力学とで比較的扱いやすい対象となっており、比較的正確なシミュレーションが可能な対象となっています。
 宇宙、例えば太陽系ではその質量の大半(99%以上)がプラズマ状態となっています。宇宙のプラズマは太陽から噴出するプラズマや太陽エネルギを起因とする光エネルギによる光(熱)電離が主流です。「3.6高気圧アークの諸現象」のオーロラの説明の章に、オーロラや宇宙プラズマに関する美しい映像を網羅したHPへのリンクを張っています。アーク溶接のように私たちが利用するプラズマは、放電を利用しています。放電では初期電子(遇存電子=左下コラム参照)が電極間に作用する電圧により加速され、シールドガスの原子・分子に衝突して、励起や電離などの非弾性衝突を繰り返し発達します。プラズマは熱気体なので、密度と温度とでその性質が決まり、荷電粒子の生成(励起・電離)と消滅(再結合・付着)のバランス(熱輸送)で特性が決まります。
 電離した粒子数と全粒子数との比を電離度と言います。電離度が低く、電気的に中性な粒子が大部分を占めるプラズマを弱電離プラズマあるいは低温プラズマと呼びます。低気圧で発生するプラズマでは、軽い電子は高温でも、重いイオンと中性粒子は低速のまま(室温並みに温度が低い状態)で熱的にアンバランス(非平衡低温プラズマ)な状態にあることが普通です。高圧中のプラズマ例えば溶接アークは、高温のイオンや中性子を含み、熱プラズマと呼ばれます。特に、全粒子が完全に電離(電離度=1)して、イオンと電子だけで構成されるプラズマを完全電離プラズマ、もしくは高温プラズマと呼びます。
 右の写真は、タングステン電極(−:陰極)から3mm離れた電極平板(+:陽極)へ100Aの電流を流し、シールドガスにはヘリウムを用いてアーク放電を行っている状況です。上段の映像は陽極に水冷銅版を用い、下側の映像ではSUS304ステンレス鋼を用いています。陽極が水冷銅版の場合には、陽極は固体状態のままで溶融せず、成分の蒸発もほとんどないことから、プラズマはヘリウムイオンと電子とで構成され、588nmや668nmのヘリウムスペクトルによる赤色の発光が中心となります。SUS304を陽極にした場合にはステンレスが溶融して主成分である鉄やクロムが蒸発してプラズマ内部に侵入します。ヘリウムに比べて鉄やクロムなどの金属原子の電離電圧は非常に低いことから、プラズマ内部に侵入した金属蒸気は選択的に電離されます。また電離するまでには至らない金属粒子も核外電子は高レベルに励起されています。これらの金属イオンや励起状態の金属蒸気が、熱運動による拡散もしくは陰極に電気的に吸引されることにより、プラズマ内部で頻繁に衝突を繰り返しながら、電極方向に移動します。低い温度領域に到達した金属イオンや励起金属粒子は、所定の温度領域で再結合もしくは基底状態へと遷移し、その過程で光を放出します。この結果プラズマ外縁領域で金属の発光スペクトルである青色の放射光が観測されます。金属蒸気が集中して発生する陽極領域の溶融金属上では、溶融金属から蒸発した金属蒸気に陰極から放出された電子が集中的に衝突し、電離と二体再結合が盛んになり、放射光強度も高くなります。
 プラズマは、気体を構成する粒子の一定程度の成分が電離し陽イオンと電子に別れて運動している状態・電離した気体を指します。ふんだんに降り注いでいる宇宙線や熱運動している粒子の高速度成分の存在で、身の回りの空気のごく一部は電離していますが、電磁界とプラズマ成分の運動との相互作用がはっきり認知できない状態はプラズマとは呼びません。自然界のプラズマとしては、電離層、太陽風、星間ガスなどがあり、宇宙の質量の99%以上はプラズマ状態と考えられています。電離層で発生するオーロラに関しては、近年スペースステーションからのきれいな映像を見る機会がふんだんにあり、一度は目にしているはずです。大気圧下で発生させたプラズマを大気圧プラズマ、真空中で発生させたプラズマを真空プラズマ、もしくは低圧プラズマと呼びます。通常のアーク溶接で発生するプラズマは大気圧プラズマで、水中溶接は大気圧より高い圧力で行われますから高気圧プラズマと呼んでいます。
 アークはシールドガスの一部が電離したプラズマ(電磁流体)です。内部は電子とプラスのイオンとで構成され、電気的に中性です。アークの内部を電流が流れると、電流が流れることにより内向きの電磁気力(圧縮力)がプラズマに作用します。このピンチ効果により内部圧力は高くなり、ピンチ力の作用しない方向へと流れの速度が上昇し、プラズマ気流が発生します。アークに横方向から磁石を近づけると、右の写真に見られるように磁石の電磁場を受けてアークは容易に偏向します。このようにプラズマは外部の磁界により偏向し、曲げられます。アークが一旦曲がると、アーク電流による電磁気力は曲がった方向へより強く作用するキンク不安定性を有しています。
 日本でGTA溶接によく使われるシールドガスはアルゴンで、アルゴンが再結合すると強い放射光が発生します。通常はシールドガスの流れによりプラズマは溶融金属表面で水平方向に流れが分散され、溶融金属表面も横方向に分散して流れるプラズマから放射される光により表面部分は明るく見えます。右の写真のように磁場でアークを強制的に偏向させると電極の表面状態が観察しやすくなります。陽極表面の溶融金属部表面は白く明るく輝いて見えます。この領域は激しく電子が衝突している領域であり、光を放出する反応が激しいことが分かります。一方、この界面付近とプラズマ領域の間には、アーク光を放出しない領域が存在しています。この暗い領域の厚みは、シールドガスや金属成分の平均自由工程より長いので、この領域で何が起きているのか、あるいは起きていないのかについて私自身はまだ納得した答えを得るまでには至っていません。
 右の写真は、タングステン陰極と軟鋼母材(陽極)との間にアークを発生させ、同時に炭酸ガスレーザを振動させながら母材に照射した状況の高速度ビデオ写真です。陰極と陽極との距離は、レーザにより発生するプラズマの効果を明瞭にする目的で、10mmと通常の間隔の3倍以上にしてあります。シールドガスにアルゴンを用いており、アルゴンの発光スペクトルは可視光領域全般に幅広く多数存在することから、ヘリウムに比べて明るくまた多くの波長の光が合算されるため、不透明な白色になっています。陰極及び陽極領域ではある程度の電位差が発生し、それぞれ陰極降下、陽極降下と呼びます。
 電極直下から約3mmはなれた領域めがけてレーザビームを照射して母材を溶融し、一部電離した金属蒸気を強制的に放出させると、陰極からのアークはレーザビームを照射した地点まで延び、レーザビームが照射されている地点を陽極点にします。レーザビームを溶接進行方向に対して直角にウィービングするとそのウィービングにより形成される陽極点に向けてアーク電流の通路となるプラズマが揺動します。下図に示した上段4枚の画像もしくは下線付きのキャプションをクリックすると、レーザの揺動で生じた高温領域に陽極点が追随して揺動する挙動が観察できます。下段4枚の動画は、レーザによる熱供給がない場合の陽極点の挙動の動画です。

前面から観察した陽極点の揺動
1) 5Hz 2)10Hz 3)20Hz 4)25Hz
(1) 5Hz. (2)10Hz. (3)20Hz. (4)25Hz.
側面から観察した陽極点の揺動
1)short 2)high 3)direction 4)direction
(1)short (2)high (3)direction (4)direction

 アークプラズマは、構成分子である粒子がプラスイオンとマイナスイオン(ほとんど電子)に電離されており、プラスマイナスは等しく、電気的に中性です。質量が圧倒的に小さく運動速度の速い電子が、プラズマ内部電流の主たる担い手となります。大電流GMAWでは、溶接電流が一定値以上の大電流となると、通電加熱により電極ワイヤは軟化温度以上に上昇し、非常に軟らかくなります。この軟らかくなった電極ワイヤが、一旦外乱で曲がり始めると、それを助長する方向に電磁気力が作用します。電流により発生する電磁場により、電流通路自身が大きな力を受けて揺動するようになり、ロータリーアークと呼ばれる電極とアークの触れ回り現象が発生します。右の写真はその典型的な一例で、大電流により溶融寸前まで軟化したワイヤとアークがくるくる回転している状態が観察されています。この不安定性を防ぐためには、適切なシールドガスの選定とアース位置の確認や、表面を清浄にしておくこと及び適正な電流値に保つことなどが必要です。
 溶接の場合には、陰極表面領域と陽極表面領域とがプロセスの挙動に大きな影響を与えることが多く、陰極と陽極の温度が不適切な場合には思いがけない挙動をすることが多々見受けられます。また、アーク電流により生じる電磁場がプラズマ形状に及ぼす影響も大きく、安定な溶接を持続的に維持するには構造物の形状や素材、表面状態あるいは温度上昇や冷却速度などが、溶接する全領域で所定の範囲内に収まっているかなど注意すべき点は非常に多岐に渡ります。

次ページ  2016.3.12作成 2018.10.4改訂

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エンタルピー
 定圧状態では、系に出入りする熱と同じ意味になる状態量H
 H=U+pV
 内部エネルギUは温度Tと体積Vのみで決まる
 固体、液体、気体、プラズマの順に温度が高い状態なので、エンタルピーはこの順に上昇する。
 対象は多数の要素から構成されており、それぞれの要素は互いに相互作用をする。温度が非常に低い時には相互作用によるエネルギが得する配置(基底状態=結晶)になる。
 温度が高くなると構成要素(分子)の運動は活発(高いエンタルピ)になり、普通は不純物が集積した粒界で最初に結晶が壊れる。温度が更に上がると分子は活発に且つ独立に運動を始め全体としてランダムな配置になる。乱れの大きさは温度の上昇と共に増え、系の状態が不連続な変化(気化)を示す=相転移
遇存電子
 ビッグデータやITの発達でテールエンドと言う言葉をよく眼にする。熱速度分布でも非常に高速(高温度)粒子がいくらかは存在し、普通の気体の中に電離している粒子も存在する。
 高温度粒子は衝突により速度が低くなり、個数は減少する。しかし、ふんだんに降り注ぐ宇宙線が気体中の粒子に衝突して、いくらかの電子やイオンが新しく発生し、相互作用により減少する高温粒子数を維持している。
 絶縁破壊は、これらの遇存電子や負イオンから離脱した電子が電界に加速されて、周囲の原子や分子に衝突し新たに電子を発生し、電界が一定値以上では消滅する電子より発生する電子が加速度的に多くなる(電子なだれ)ことで生起する。一般的に電子は高速度で移動するが、イオンの速度は遅いので空間内に取り残され、正イオン集団の境界では高い電界領域が形成される。この周辺領域で生成された二次電子群はこの電界により正イオン集団領域に引き込まれ、中性に近づく。

 マイナスイオンの生成はエアコンディショナーの宣伝でよく知られている。滝の付近で多く発生していると言われており、高速で落下する水が、水面や岩に衝突して破砕されて細かい水しぶきになる際、水しぶきが負に帯電する現象を発見した物理学者の名前から、レナード(レーナルト)効果と言う。液体の状態でマイナスイオンを帯びた一部が分離すると考えるのはそう難しくは無い。気体の空気分子の一部が負に帯電しても、その持続時間はきわめて短く室内に広がる可能性は少ないはずなので、宣伝には疑問を感じている。
フラクタル

 40歳前後の頃、動いていないパソコンを使ってフラクタル図形を描かせることに一時嵌っていました。数年前に"ボッシュの子/ナチス・ドイツ兵とフランス人との間に生まれて, ジョジアーヌ・クリュゲー, 小沢君江/訳(祥伝社)を読んでいた時、偶然同時にマンデルブロの自伝「フラクタリスト」田沢恭子/訳(早川書房)も読んでいて、ユダヤ系の彼がナチのフランス占領の中を逃げのびたことを知り、ナチ占領下のフランスのことを考えてしまいました。
 同時に彼の兄がブルバキの一員で、私が学生の頃まじめに勉強した現代数学を執筆していたことを知りました。
 今思い返せば、もう少しきちんと理解しておくべきだったと反省しています。