水中切断技術とは

1.はじめに

 地球上の水の98%、地球表面の70%を占める海洋は、空間・生物・鉱物・エネルギなどの膨大な資源に恵まれています。海洋の開発と有効利用を目指すことは極めて有益です。「海を良く知り、賢く利用し、温かく守る〜それにより人類社会が守られ持続的発展へとつながる」視点を基本として、経済的でかつ安全な水中活動技術を確立すべきです。
 水中切断の対象としては、海洋構造物以外にも原子力施設やダム水路等があります。陸上で可能な切断作業を、わざわざ水中に持ち込むのは無駄です。しかし、世の中には、どうしても水中でせざるをえないもの、あるいは、水中で切断することにより飛躍的に経済性が向上するものがあり、水中切断技術が開発されてきました。
 切断は、金属を加工する際に最初に実行する操作です。構造物を製作するには、より少ないエネルギと時間で、骨とフレームを効率良く組合わせてくのが理想です。大きな素材から必要な部材を作ったり、図面どおりの形状に切り出したりする操作は、最終作品を順調に作成する基礎となります。切断操作は、有形な一つの部材を、二つ以上の部材に分離する操作です。正確にかつ綺麗に分離することが理想で、分離したい対象物の素材や構造に応じて、最も効果的な切断技術を開発して応用することが技術者の希望です。
 右図に示す理想的分離では、切断面に存在する各元素の原子結合を解除することにより、二つの部材に分離できます。ギブスの自由エネルギに相当する熱量で分離できます。地表に多く存在しているか固い物体は、石材です。溶融した状態から固化するときの条件により、剥離しやすい岩石があります。剥離しやすい岩石は、柱状節理のように凝固する過程で特定の方向に同時並行的に固化し、最後に固化する層状の海面に不純物が集積し、構造的にもろい状態になっている場合があります。このもろい部分にくさびを打ち込むことにより、簡単にかつ綺麗に分離することが出来ます。このような石材の産地は限られており、古代から交易の中心素材であったことが知られています。しかし、石材はもろく、また表面に脂分が付着すると、効率が低下します。効率的に分離できる工具は、金属加工技術の発現まで待たなければなりませんでした。
 古代において、構造物として重要な素材は木材であり、木材を加工するために石器が重用され、より効率を高めるために金属製品が。発明されました。金属加工技術が進展し、実用化されて以降の金属部材の切断では、ある領域を溶融・蒸発させて、そのうちの一部を吹き飛ばすことにより二つの部材に分離する熱的切断技術が発展します。局所的な溶融除去により、切断面表面には、溶融部した後凝固した部分や、溶融過程で生成したスラグの一部が残ります。切断に必要なエネルギは、
(1) 除去する部分を溶融させるエネルギと、
(2) 常温である母材を溶融温度にまで引き上げる過程で固体部分(熱影響部)の温度上昇エネルギと、
(3) 溶融した金属を吹き飛ばすエネルギです。
 大雑把に言えば、切断に必要なエネルギは、吹き飛ばす溶融金属を溶かすのに使うエネルギの2倍程度となります。このため、溶かす部分を少なくして分離に必要なエネルギの節約を図るのと同時に、熱影響部や母材に残存する一旦溶融した部分およびその表面のスラグ(酸化物)が、切断後の使用に適した性状になるように、より良い切断技術の開発を進めています。
 実際には限られた費用と時間で、かつ、許容可能な範囲の精度で分離切断することが求められるのが現実です。最悪のケースとして、納得できる切断技術をようやくの思いで完成させて張り切っている矢先に、政治的な理由でその作業そのものが中止になり、技術がお蔵入りになってしまう場合もまれにあります。残念な事象としては、戦争が技術を飛躍的に発展させる・開発した技術を検証するために戦争を仕掛ける、と言うことが現存します。個々の技術を開発或いは検証するには、歴史的そして経済的な背景をきちんと認識しておく作業も必要です。その意味で工学部などの授業で、膨大化している専門科目の増大により、教養科目が減少していることには危惧を抱いています。
 幸いなことに、最近のIT技術の目覚しい発展により、意欲と時間さえあれば一つの技術にまつわる膨大な情報を入手できるようになりました。しかし、逆の立場で考えると無用な情報を垂れ流してしまっている危険性も非常に高くなっています。有用か無用か、あるいは合目的的か否かは、情報を受け取る個人の属性に依存します。ネット上に氾濫している一般的な情報は、上澄みだけの理想化された金属加工の紹介が多いことを認識しておくべきだと考えています。
 実際の水中切断作業では、できばえや能率、あるいは寸法など様々なばらつきがあり、作業環境も事故で悲惨な状態になった原子炉から、比較的良好な環境まで千差万別の状況です。ある環境で採用可能な高効率技術が、異なる環境では全然使えないという状況も当然あります。
 以上のことを踏まえると、ネット上に公開するデータベースで、どのような質と量の情報を、どのように構成するかについては考え込んでしまいます。一方、今まで筆者が、工業技術院そして産業技術総合研究所という組織で研究してきた水中溶接・切断技術とその周辺情報について、元気なうちに集大成して公開しておかないと、税金を使って実施した仕事の社会への還元が不十分になるという、個人的な思い入れもあり産総研のデータベース(RIO−DB)で公開してきました。しかし、2013年10月下旬に、産総研のデータベースが一部故障し、水中溶接・切断技術を紹介する部分が参照不可能となりました。復旧の予定がないことから、当社ホームページで、その内容を大幅に加筆・訂正して、水中切断技術について紹介しています。

次ページ(2.水中作業の特殊性)   2013.11.25作成 2026.01.28改定

小川技研サイト
水中切断項目
切断作業と事故
狭い船内で改修のために、溶接・切断作業時の引火・爆発・中毒での死傷事故ニュースを時たま目にします。不適切な作業により起こる可能性のある中毒を列挙します。
(1) 鉛中毒
鉛や含鉛ペンキの溶接時に鉛を吸収して発症
発熱、心気昂進などの症状
(2) 亜鉛中毒
亜鉛,亜鉛めっき鋼板,真鍮の溶接時に、酸化亜鉛を吸入して発症
急激な発熱、悪寒、間接麻痺などの症状
(3) フッ化物の中毒
硬ろう付けの時に、フラックス中に含まれるフッ素を吸入して発症
頭痛などの症状
狭い閉鎖空間での作業であることから、2酸化炭素中毒や感電で一時的に身動きできなくなり、パニックにより重大事故化する場合もあります。
切断技術 
 あれこれ
 時間の余裕ができ、過去の工具や工作物などをさまざまな博物館で鑑賞し、10.機械的切断に加筆しました。最近の微量分析技術やDNA技術の進展により、古代の実情に関する多くの目新しい知見が報道されています。沈没船は知っている/ 海の底から語られる6000年の歴史, デイヴィッド・ギビンズ, 桐谷知未/訳(河出書房新社)に、古代史解明の詳しい実情が語られています。