5章 酸素アーク切断

5.0 酸素アーク切断技術の原理

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 酸素アーク切断法は、もともと水中切断を効率良く行うために開発された方法です。切断面は粗いのですが、複雑な形状や表面に錆が存在するような鋼材の水中切断を効率よく行えるため、多くの潜水作業士が様々な現場で活躍しています。
 陸上で使用されるようになったのは、ステンレス鋼や鋳鉄などのガス切断が適用できない鋼材の切断が可能であることが広く認識されてからです。第一次世界大戦を契機に、ステンレス鋼などの新しい鋼材が多く利用されてきました。これらの鋼材は、クロム、ニッケル、炭素など、ガス切断が適用しにくい成分を利用しています。酸素アーク切断は、これらのガス切断が不可能な鋼材に対しても効率良く切断を行えます。ガス切断可能な鋼材に対しては、高速度で切断できるという特長をもっています。また、どのような姿勢でも切断が可能です。しかし、ガス切断に比べて切断面が粗くなるという問題があります。
 右図に示すように酸素アーク切断は、中心部に切断酸素を吹き付ける孔があいた中空電極を用いています。母材(切断したい鉄鋼材料)と中空電極(以下では切断棒と呼びます)の間でアーク放電を起こし、母材の表面を溶かします。アークにより高温度で溶かされた母材部分に、中空部から酸素を噴出させます。すると酸素は高温になっている鉄と酸化反応を起こします。この酸化反応により生成される熱量は非常に強く、また、反応速度も速いため、正確に表現すると鉄の燃焼反応を起こします。夏の夜空を彩る花火と同じ反応が切断しているところで起こっています。
 鉄は面白い性質を持っていて、鉄が溶ける温度より、鉄が酸化したいわゆる酸化鉄の溶ける温度の方が低くなります。このため、中空の部分から噴出している高速の酸素の流れと、切りたい鉄の間に、薄い酸化鉄の液体の膜が出来ます。酸素側の表面からは純度の高い酸素が液体の酸化鉄の中に入り込み、酸化反応を起こして膨大な熱を発生させます。酸化鉄の液体の酸素側の方が、鉄に接している側より酸素の濃度が高く、また、温度も高くなっており、酸化鉄の中の酸素は酸化反応を起こしながら鉄側へと移動します。固体の鉄と液体の酸化鉄の接している部分(界面と言います)でも酸化反応が起こり、次々に鉄が酸化して溶け出します。溶けた状態の酸化鉄は高速度で噴出している酸素ガスの流れに引きづられて流れ出し(正確には吹き飛ばされて)、切断が進行します。この時、酸化鉄の温度が鉄の融点より低い状態でさらさら流れますから、切断したい材料の構造全体にはほとんど影響を与えず、切りたい部分だけを溶かしきることができます。 酸素と鉄の燃焼反応
 理論的にはその通りなのですが、実際には鉄の中にはカーボンやシリコン、マンガンなどが一定量含まれています。また、燃焼しているスラグ(酸化鉄)の中は一様ではなく、温度の高い領域と低い領域、あるいは酸化(燃焼)の初期生成物FeOが多い領域と、最終生成物(Fe2O3)が多い領域など、薄い溶融スラグ層の中は非常に込み入った状況になっています。当然スラグ層の厚さも異なり、表面に近いところは薄く、深い領域では厚くなります。
 酸素アーク切断では、直流交流どちらでも使用可能です。直流にして切断棒をマイナスに接続するほうが、切断速度はやや速くなります。切断棒を保持するトーチは、電流と酸素ガス両方の供給能力が必要となります。水中で使用する場合には、絶縁の保持と切断中に噴出する酸素などによる反力を保証する機構が必要となります。

次ページ(5.1 中空電極)   2013.11.25作成 2016.7.28改定