5章 酸素アーク切断

5.2 重力式の基本

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 酸素アーク切断では、溶接の場合と同じく熱影響部が存在します。しかし、切断速度はかなり速いため、熱影響部はあまり厚くはなりません。切断部表面には、微細な割れや固さの増加が生じることがあります。切断面は粗いため通常はそのまま用いることは少ないのですが、切断後そのまま構造材として使用、あるいは、溶接を施行する場合には注意が必要です。割れの生じやすさは鋼材の組成と硬さとに依存し、切断面の物理的な性質はガス切断とほぼ同様になります。切断速度が速いため、熱歪は極めて少なくなります。軟鋼などの切断では、切断面はあまり硬化せず、切削性は母材とほぼ同一になります。
 安定して切断を行うためには、用いる電流値は300から400A程度が適切です。また、切断する表面には、泥、ペンキ、生物付着など放電を阻害する要因が多く存在しています。このような場合でも切断は可能ですが、安定な切断能力が望まれる場合には、これらの表面付着物を除去するほうがより効果的です。
 電極はアークと酸素により急速に消耗します。その速さは、鉄の場合には約1分、セラミック電極の場合には約10分で、1本の電極が消耗します。電極と母材間の絶縁とアーク発生部の保護のために、電極の周囲にはフラックスが塗布されています。セラミック製電極は、高価な事や破損しやすい事からほとんど使用されていません。鋼製の中空電極は現在でも良く使用されています。
 水中酸素アーク切断法はサルベージ作業に多く使用されています。切断作業により周囲の水が濁り、切断部の観察が困難になり易いことから、水の流れが少ないところでは切断が困難になります。手動切断の場合には、垂下特性の電源を使用するために安全性の観点から無負荷電圧を低くしています。この結果、比較的小電流で切断作業が行われます。結果的に、切断能率は低下します。また、切断棒の消耗に伴い頻繁に切断棒を取り替える必要があります。切断中断部の裏面側での切れ残り部が発生することも多く、完全な切断を実施するためには、熟練を必要となります。
 実際には、有限の長さの切断棒を用いての切断となりますから、1本の切断棒でどのくらいの長さが切断できるかと言う指標(運棒比)で、切断効率を定量化することがあります。フラックスの厚みと崩れ易さと切断棒の直径及び切断電流が、切断棒の操作性を左右します。切断棒が母材に対してなす角度が大きいと、フラックスと防水被覆が切断部を周囲の自ら保護する効果と、アークと酸素の相乗効果がうまく発揮されて、効率の良い切断が可能になります。しかし、角度が大きくなりすぎると、短絡やアーク切れを起こしやすくなります。逆に角度が小さく、棒が寝すぎてしまうと、アークは安定しますが、アークにより加熱された部分へ酸素がうまく供給されなくなります。
 詳細については、5.4節「重力式の応用」で切断棒の角度が切断にどのように影響するのかについて紹介します。直線の切断の場合には、重力式切断法と呼ばれるテンプレートガイドを用いると、非常に効率良く切断できます。支柱をスムーズに移動できるスライド式ホルダーに切断棒をセットし、母材表面近傍に切断棒が蛇行することを防ぐガイドをつけて利用します。
 フラックスと防水皮膜が、電極−切断材間距離を一定に保ちます。右図はフラックスの厚みが1.0mmと1.6mmの中空切断棒を用いてアーク切断を実施した場合に、切断棒も接触角度によりアーク電圧がどのように変化するのかについて調べた結果の一例です。フラックスの厚みが薄いとアーク長が短いためアーク電圧は低くなります。切断棒が立ってきて、接触角度が大きくなると、アーク超は短くなりアーク電圧は低下する傾向を示します。
 右図は接触圧により切断材料と切断棒との距離がどのように変化するのかについて調べた結果の一例です。接触圧が低い場合には、フラックスはほとんど崩れないために母材表面と切断棒との距離は相対的に長い距離を保ちます。接触圧が高くなるとフラックスは崩れていくため母材表面と切断棒との距離は相対的に短くなります。
 フラックスの厚みと切断材の厚さを考慮して切断棒をセットする角度を決めれば、短絡やアーク切れを起こさずに安定した水中切断が出来ます。右図は水深60mで、45mmtの厚みの鋼管を切断した結果例です。切断棒を押さえつける圧力が高くなるとアーク電圧は低下しています。使用した電源は際リス多識の電源で電圧変動は大きくなっています。また、最大切断速度はアーク電圧が高いほうが増加しており、ある程度消費電力量の効果が認められます。
 運棒比(1本の切断棒で切断できる長さ)は、母材と支柱の角度で幾何学的に決定されます。切断したい母材の板厚に応じて切断棒の設置角度と電流値を決定すれば、安定な自動切断が可能となります。
 重力式の簡易スライダーシステムは、高能率な簡易自動溶接法として、造船所などの溶接でも良く使われてきました。右の図は3点支持方式の重力式切断装置のー例です。支持脚底面にはマグネット式の吸着装置がついており、スライダーシステムは母材に固着され、切断棒はアークと切断酸素とにより消耗して行き、一定速度、一定運棒比で切断が進行します。  パイプの自動切断は切断棒を鋼管内部の壁面に近い位置に、切断棒を保持するトルクアクチュエータをおき、切断棒をパイプ内面に押し付けて、切断棒の消耗とともに切断が進行します。

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