10.機械的切断
機械的切断法は、ヒト族の始原から利用されている技術で、「裂く、折る、刻む、つぶす」などの食糧確保とその加工に端を発する、種類の多い破壊加工です。A‐G.オードリクールの"作ること使うこと/生活技術の歴史・民族学的研究"(藤原書店)では、加工速度と加工領域に区分して右図のように分類しています。加工速度の区分では、殴る・蹴るなど高い運動エネルギを用いる衝撃/打撃による加工、ゆっくりとした速度の加圧による加工、あるいは繰り返しなどの連続した低圧力による摩擦加工に分類しています。加工領域の広さでは、微小な面積(点)を加工する方法、線を加工する方法、および広い面を加工する方法とに分類しています。
運動エネルギを圧力に変換するのは効率的な方法で、特に石材の角などを被加工物に打ち付けることにより、容易に破壊分離が行えます。石材は均質で固い素材と思いがちです。しかしながら、石材の種類は多岐にわたり、固いが脆いものから、劈開しやすいが剥離面が鋭利で丈夫なものまで存在します。私が住んでいる香川県には、音色の良いサヌカイトという石がありますが、在職中にはそれが昔の石器の重要な素材であることには気が付きませんでした。当時は、重要な石器の材料は黒曜石のみと思っていました。美術館の展示で大量のサヌカイトを見る機会があり、じっくりと眺めると、均質なようでいて固い層と脆い層とが交互に並び、工夫して加圧すれば薄い刃をそぎ取れる構造であることが理解できました。
平清盛が音戸の瀬戸を開く工事の際に、工事を阻害する巨大な岩石を海水を排除して火を焚いて熱し、十分熱せられた状態で一気に海水を引き込み岩石を破壊させたという伝説を思い出しました。鑿による加圧で剥離しやすい層理構造だから、平面加工可能だということがわかります。打撃加工では熟練しないと狙い通りに加工できませんが、加圧では狙い位置を正確に特定できます。金属工具を利用できる現在では、鑿を所定の位置に置いて金づちでたたけばよいわけですが、石材しか利用できない原始時代では、狙い位置に正確にたたきつける技能を身に着けるか、狙い位置に置いて加圧するかしかできません。
打撃や加圧は直感的な行為なのですが、摩擦に関してはそ
れなりの知識が要求されます。棒を折って2本に分ける場合、一度の折り曲げで切断できない場合、繰り返し折り曲げを繰り返すことは簡単に思いつきます。砥粒などを用いて摩擦により加工することは、一朝一夕にできることではなく、成功体験の語り継ぎなどの文化情報に依存した行為になります。
青銅器などの金属が利用可能になると、加工技術は格段の進歩を見せます。特に微細な加工が可能になりました。針など細い孔が必要な工具を作成するには、以前はあらかじめ孔が開いている素材を探して、加工しなければならなかったのに対し、金属の針を用いて妥当な形状の素材に孔をあけることにより製品を作成できるようになります。あるいはビーズ珠など半溶融の状態で金属棒ですくい上げ、金属から外して冷却固化させることで製品が製造できるなど、効率と精度とが格段に向上しました。
さて、本題の機械的切断技術には、具体的には、せん断、切削、研削、あるいは特殊なところではすでに示したウォータジェットなどの方法があります。機械的な切断は、古くから利用されているために、技術としてはほぼ完成されていると言えます。実際にROVに取り付けて遠隔操縦による切断作業は多く行われています。実用性を高めるために、各種機器のモジュール化を行い、用途に応じて各種の工具を取り替えて使用する方向で開発が進められています。
せん断による方法には、上下一対の長い刃物を用いるギロチンシャーと、上刃に回転刃を用い下刃に直線刃を用いたロータリシャーおよび上下に回転刃を用いたスリッターなどがあります。原理は単純で、鋭利な2枚の刃で加工材をはさみつけ、せん断力をかけながら切断分離します。2枚のはさみの隙間をクリアランスと呼び、板厚と素材の性状に応じて適切な間隔にすれば、刃の食い込みと共に先端付近に亀裂が発生し、効率良く切断出来ます。
切削による切断は、鋸やバイトなどの切れ刃を利用して、機械的に加工材を削り取ります。切削に必要なエネルギーの大部分は切り屑を生成するために消費されるので、切り屑の形態が切削状態を示します。切り屑の形態を大別すると、滑らかで一様な断面を持つ流れ形、周期的に部分的に破断を起こし深いくびれを持つせん断形と、間欠的に完全な破断を起こして小さな塊に分離させる亀裂形があります。流れ形は切削抵抗が一様で滑らかな切削面が得られますが、切り屑が刃や周囲の部材に絡む危険性があります。逆に亀裂形では、切削抵抗の瞬間的な変動、切削面の粗さ、工具欠損の原因になりますが切り屑処理は楽になります。
研削とは、硬質の粒子(砥粒)を適当な結合材を用いて、微細な空隙を適当量残して固めた円筒形の回転工具を用いる加工法です。工具を加工材に押し付けて回転することにより、表面を微細な多数の切り屑として削り取り、所定の形状に仕上げます。厳密な意味での研削加工は、切削加工における切れ刃が無数に多い状態と同じです。サイズが小さく微細加工であること、切れ刃の配置や形状がばらばらで確率的な分布になること、切削速度が高速になることなど、切削とは異なる問題があります。切断加工では、切断による材料ロスを少なくし、切断に必要なエネルギーを小さくするために、刃の薄い砥石が用いられます。砥石と母材の相対運動により発生しやすい振動を、如何に防止して所定の切断精度を得るあと、工具の破損を防ぐことが重要となります。この場合にも、切り屑を狭い切断溝から的確に排除させるかが大きな問題です。
最近注目されている水中切断法の一つで、ダイヤモンドの砥粒を利用したワイヤソウ切断があります。従来は大型石材の切断などに用いられていた技術です。外形10mm弱のメタルボンドダイヤモンドビーズを鋼製ワイヤに適当に一定間隔をあけて配置してあり、ワイヤ部に可撓性の保護被覆をして用います。糸鋸の一種といえます。バレンツ海に沈没したロシアの潜水艦クルスクの海底での切断作業で一躍有名になりました。切断幅を小さくして切断効率を上げるための細線化が重要な課題であり、1mm以下の細径の鋼ワイヤ外周に、微細なダイヤモンドを電着あるいは樹脂により固着したワイヤソウが開発されています。ダイヤモンドビーズの作成は、銅や錫などの各種金属を高温焼成するメタルボンド法が用いられています。メタルボンドは砥粒保持力が強く、耐磨耗性に優れていますが、間隔が空き過ぎるために切り込み深さが大きくなりチッピングを生じやすくなるという問題があります。
ウォータジェット切断でも用いられている噴射加工法です。微細な固体粒子を高速に加速して加工表面に衝突させて、その衝撃力により材料を除去する方法です。微小な粒子により機械的な微細加工ですから、熱の発生は少ない上、切断面は平滑でクラックは発生しにくく熱影響などによる変質もない切断法です。切断能率は、アブレーシブの硬さ、強度、密度や大きさと衝突速度と角度により決まります。アブレーシブが微細すぎると粒子は凝集しやすく衝撃力も小さくなり切断不能となることがあります。また大きすぎるとノズルの損傷や、均一な噴射が困難になり切断面の荒れなどの問題が出てきます。アブレーシブを加速して母材に吹き付ける流体は、ガスもしくは水になりますが、空間的時間的に均一にアブレーシブを供給して、所定の密度と速度にするか技術的な課題であり、さまざまな手法が開発されています。
機械的な切断法は、熱切断法に比べて切断速度は遅くなりますが、精密な切断が可能です。切断部の変質が少ないことや人体に有害なガスを使用しない事などから、水中においてもよく利用されます。用途として大きいのは、パイプの切断あるいはパイプの端部の加工です。水中で使用される装置には、電気を動力源とせずに、空気圧あるいは水圧油圧等の流体力を用いるものが多くあります。
水中に適用するに当たって以下の点に注意が必要です。
(1)水中では浮力が生じます。
(2)波や流れにより装置に力が作用します。
(3)機械の滑動部には水の粘性抵抗が生じます。
(4)海水中では腐蝕がつきものです。
これらのことを考慮して加工中に装置が振動したり移動しないように注意が必要です。
次ページ(11.レーザ切断) 2013.11.25作成 2020.3.3改定