1.はじめに
今までいろいろな種類の本を読んできましたが、その時点で本当に知りたいことを探し出すことはまずできませんでした。産総研を定年退職して5年以上、世間からはシニアとして認められる65歳以上になり在職中にはなかなか手を出せなかったジャンルの本を読みふけり、ドキュメンタリーなどテレビ聴取時間にも恵まれる境遇を満喫してきました。産総研OB組織から「水中溶接・切断技術」(2016.4)に関することを書けとの依頼を受け、ある程度普通の人が理解できる形で記述してみる気になりました。日本船舶海洋工学会誌「KANRIN」第51号, pp.35-42(2013)に掲載された「水中溶接・」小川洋司,山下泰生にも水中溶接技術に関する概略を紹介しています。
人が眼にすることができたり、過去の経験から類推可能な実体を基準とした物事と、それらから全体に共通する原理原則を抽出した法則、また、論理的なありうるべきことを抽出記述した抽象的な法則などの、3種の事柄を自分なりに融合して理解することは結構に難しいと痛感してもいました。年齢と共に衰えた理解力の問題はありますが、自分が求めてきた実験的事実とその結果から抽出された抽象的な論理との間のギャップの大きさに考え込むことが多いのも事実です。
溶接切断技術は、産業界で日常的に用いられ、その自動化も驚嘆すべき段階に来ています。しかし、溶接切断技術がどのようなものか、何が問題なのか、対象としての鉄鋼はどのようなものなのかについての共通的な理解はできていないように感じています。自動車については年齢の小さいときからいろいろな種類の媒体で眼にすることも多く、用途目的に応じて多様な種類機能の車があることは共通に理解できていると思います。ただ、実際に自動車がどのようにして機能するのか、どのような技術が利用されているのか、などの個別の事柄については完全なブラックボックスとなっています。単なる利用者の立場では、運転の仕方あるいは目的地までの行き方さえ分かればそれで十分です。自動車のことについて、自分では知っていると思っても本当のところは、知っていることは運転に関わる本の一部分でしかありません。
一方、溶接切断と言うことになると、普通の人にはほとんどその内容は分からないと思います。私自身は水中溶接切断と言う特殊な課題が対象であったため、普通の人にはなかなか経験しにくい事を多く経験することができました。また、溶接以外に情報系や構造系の分野にも従事していたことから、幅広い分野の方々と共同で仕事をすることが多くありました。その際、お互いの常識が食い違っていることに気づかず、理解がすれ違ってしまい、作業に支障をきたしたことも多々あります。これらの失敗の経験を踏まえ、普通の人に理解していただけるように基礎的な事柄からも記載して、水中溶接切断技術について記述することを心がけています。
水中溶接切断プロセスの開発は具体的な対象に適した手法の開発が中心的な仕事内容になります。この場合、実際に生起している物理化学的な現象の理解から自動化知能化にいたるまでの幅広い知識が必要でした。現役時代には、目の前の仕事を何とかこなすのが精一杯で、きちんと理解しておくべきこと、及び、深く解明すべきことにまでは、手が回らず多くの悔いを残しています。公共機関を定年退職したことにより給与に対する義務から解放され、自分自身が本当にすべきことのみをすればよい環境になり、幅広く勉強をしなおす時間が出来てからその感じはますます強くなっています。一方、短期記憶を筆頭に知的能力の衰えも自覚せざるを得ません。その意味で、このホームページは自分自身が必要な情報をすぐ取り出すためのツールとしての意味合いも有しています。
次ページ 2016.3.12作成 2019.2.17改訂