水中溶接 2.水中溶接切断が必要な環境

2.1 水中環境の特徴

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 右に海洋と陸地が地球表面に占める状態の概略を示します。最近の科学技術の進展により、新たな知見が多く得られています。また最も深い海にと到達できるフルデプス有人潜水船や最新探査技術の活躍により、今まで分からなかった深海領域や地球内部についての知識も日々更新されています。
 水中溶接の定義づけを厳密に考えると結構難しくなります。私は、対象物が水面より下に存在している場合に実施する溶接・切断を、水中溶接・切断と単純に定義しています。水中溶接を実施する対象の大半は、海底石油の生産に関係しています。耐圧の関係で、大半は鋼管構造物の溶接作業になります。鋼管構造物の場合には現場の作業水深は波打ち際から大水深までと幅広い範囲で要求されます。しかし、必要な溶接線全長は比較的短いという特徴があります。一方、海上空港などの浮体式構造物の場合には箱型構造が主体となり、設置現場での作業は浅い水深に限定されますが、溶接線の全長は非常に長くなります。このため、従来の水中溶接とは異なった視点での作業手法・手順の確立が必要です。
 水中で溶接する理由は、建設、設置、補修、改修、解体撤去作業の準備など、水中でせざるを得ないからであり、その対象は多岐にわたります。しかし、実際に水中で溶接を実施することは、非常に特殊でかつ難しい作業となります。
 水中切断も水中溶接と同様ですが水中というメリット(熱による変形が小さくなる)をより有効に利用できる可能性があります。右図はアークとレーザの溶接結果を比較した例です。局所的に大きな熱がかかる溶接法では薄板が大きく変形します。大気中切断で大きく変形する板材でも、水中では変形しにくいこと、あるいはエネルギが集中して効率が上がる場合があります。
 溶接技術は、アークなどの高エネルギ密度熱源を用いて対象物(接合したい二つの部材)を局所的に溶融して融合し、一体化する効率的な接合技術です。しかし、溶融凝固に伴う急熱・急冷の過程は、通常の鋼構造物(母材)の製造過程とは非常に異なる熱履歴過程となり、結果として溶接金属あるいは熱影響部の組織は母材とは異なる性質を持つことになります。特に水中という環境では、周囲の水による冷却および高熱の過程で生じる酸素や水素の溶接金属への侵入あるいは高圧雰囲気による溶接現象の変化など、大気中の溶接とは異なる要因を多く含んでいます。また、これらは溶接品質へ悪影響を与えやすい原因ともなっています。
 陸上で溶接する場合でも、溶接材料が湿気を帯びたり錆びたりしないように、注意深く品質管理が行われています。特に実験室レベルでの溶接では、溶接直前に溶接部をグラインダ研磨し、溶接面をアセトンなどで脱脂して、溶接結果の再現性が得られるように注意深く施工しています。実験室レベルでの水中溶接も同様に注意深く前処理を行い、溶接タンク内に試験片を設置した後に、注水・加圧して所定の実験を行います。一方、現場での水中溶接では、グラインダなどで表面を研磨するものの、脱脂処理は不十分です。溶接材料表面の酸化物層にはさまざまな形態で水分が付着し、その付着強度などは環境圧力と溶接対象物の水中滞在時間に大きく影響されます。実験室レベルの水中溶接に慣れてしまうと、酸化物や溶接開先内の水分は溶接の熱で溶融池のはるか手前で蒸発し、溶接にはほとんど影響を与えないと楽観視しがちになり、現場での問題に気づかない場合があり、後で臍をかんだこともあります。

次ページ 2016.3.12作成 2021.9.17改訂

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参照文献
 最初にこの章を執筆して以降、海洋や地球の成り立ちについて新しい知見を提供してくれる多くの書籍が出版されています。以下の書籍がお勧めです。
岩石と文明(D.R.プロセロ)、地下世界をめぐる冒険(W.ハン)、生命の惑星(C.H.ラングミューアー他), なぞとき深海1万メートル(蒲生俊敬, 窪川かおる)などです。