3.1 極限環境を理解するための考え方
水中溶接は非常に特異な分野であり、それを必要とする事案はまれにしかありません。溶接自体も、溶接対象の特徴に応じて非常に幅広い分野の基礎技術を柔軟に組合わせて利用する応用的色彩の強い技術です。利用目的と環境により構造や構成材が異なり、採用する溶接手法自体も異なってきます。海洋構造物は水圧と高水深の自重に耐えるために、厚肉の鋼管構造が多用されます。生産される原油の種類によっては原油と接する内面を対腐食能力のあるクラッド材にすることもあります。適用する溶接法や溶接条件は構造材により微妙に異なってきます。私自身は水中のみに拘っている訳ではなく、右上の図に示すように、原子力施設や宇宙あるいは極地などの極限環境における溶接技術の開発と言う観点で従事してきました。
溶接を実施する際の環境圧力や温度あるいは水による冷却、及び真空微小重力状態での溶融挙動など、通常の陸上溶接では想像もしなかった挙動などを目の当りにすることも多く、楽しい経験でした。大気中と共通の研究要素に加えて、低真空から高圧状態までの幅広い条件差や重力の違いによる溶融金属の異なる挙動など、溶接の本質を考える上での興味深い現象が多くありました。大気中と共通の研究要素を土台として、高圧と言う環境に固有な研究要素及び水中(海水)環境に固有な研究要素をきちんと解明することで、水中溶接切断技術を発展させていこうと考えていました。残念ながら、能力不足と努力不足で、本当の理解には程遠い状態に留まっています。
右図は、約30年前から研究の説明に用いてきたポンチ絵です。問題意識は間違っていないと今でも思っています。しかし、未だに理解できていないことが多すぎるのが問題です。溶接は本当に複雑な過渡現象で、鉄に含まれる微量な元素とシールドガスなどに含まれる微量な元素との反応や表面状態とが、周囲圧力と温度分布により微妙に異なっています。最近のシミュレーションでは、境界条件などをうまく設定して、シミュレーションと実際の現象が相当な精度で説明できているように見受けられ、その努力には敬意を払っています。しかし、本当にその計算で良いのか、何故実験と計算とがあっているように見えるのか、といつも考えています。化学や生物は暗記物との思い込みであまり勉強してきませんでした。最近、DNAを含めたビッグデータ関連で生物や化学もまじめに勉強しなおして、その面白さと不思議さに感動しています。水のこともきちんと学びなおしていますので、最近ようやく理解した事柄なども含めて、水中溶接をより良く理解するために必要な基礎知識に絞って、この章以降で説明していきます。
次ページ 2016.03.12作成 2017.04.12改訂