水中溶接 2.水中溶接切断が必要な環境

2.5 ますます深くなる海底石油の掘削水深

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 水中溶接の主たる作業対象は海底石油の生産設備です。石油の需要の拡大とともに、水深が600mを超える深い海底から石油を生産するようになってきました。また、以前は生産コストの関係から、埋蔵量の巨大な海底油田からのみ石油を汲み上げていました。最近では海底の埋蔵油糧が少ないと見込まれる油田に対しては石油を汲み上げる装置(抗口)を海底に設置し、この海底仕上げ抗口から既存の海底パイプラインに直接接続して石油を輸送するなど、低コストで石油を生産する技術が発達してきています。もっとも最近では陸上でのシェールガス生産などが効率化されて原油価格が低下するとともに、大水深化に伴う採掘費用の増加と原油中に含まれる放射性物質の取り扱いなどの問題もあり、海底石油の採算性に危惧がささやかれています。
 人間が活動できる水深は限られていますが、ROV(遠隔操縦水中作業船)や潜水作業艇を利用して水中で複雑な作業を実施しています。水中では水深が10m深くなるごとに気圧が1気圧増加するため、アークを利用した溶接・切断技術はその影響を大きく受けることになります。具体的には、アークが不安定になり健全な溶接ビードが得られなくなったり、ヒュームやスパッタが増加したりします。長期的信頼性の観点から、大水深の構造物を現地で溶接することは少なくなり、機械的な接合が中心となっています。上図は、水深が深くなるのに伴い、どのような潜水技術が使用され、どのような構造物が用いられているのかを示しています。また、実験室レベルで検討された溶接法も同時に示しています。
 海洋構造物に作用する波浪の力は巨大で、固定式の構造物はその固有周期が波の周期と同調しないように設計され、共振振動による破壊の危険性を抑えています。設置水深が深くなるのに伴い構造物が巨大化すると、固有振動周期が長くなり波周期に重なるようになります。このため、海洋構造物をある水深以上に設置する場合には、構造の形式を変えて、悪海象時の波の波浪周期より構造物の固有周期が長くなるように工夫し、波浪の影響を小さくしています。右図は設置水深に応じた形式の構造物がどのような固有周期を持つのかを模式的に示しています。それぞれの構造物は巨大な波の周期とは異なるように設計されています。
 羽田沖滑走路を浮体式で建設することを意識して試験的に運用されたメガフロートでは、浮体の構造は薄っぺらの羊羹に例えられ、この薄い構造体が波にのっている構造ですから、波浪の力が大きく作用します。うねりのような波長の長い波がメガフロートにかかると全体が大きく変形することになります。ある程度撓んでも安全な構造を追及するとともに、外部に設置した堤防で構造物に直接大きな力が作用するのを防ぐことにしています。浮体そのものは水深に影響せずどこにでも設置し出来ますが、防波堤が必須となる海域では、この防波堤を建造する工事が全体の工期と経済性を左右する大きな要素となります。
 海底油田開発などに伴う事故などに対する包括的な情報は、「大惨事と情報隠蔽 Man‐made catastrophes and risk information concealment / 原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで, ドミトリ・チェルノフ, ディディエ・ソネット, 橘 明美, 坂田 雪子/訳 草思社(2017.8)ISBN 978-4-7942-2295-4」に記述されています。

次ページ 2016.3.12作成 2019.2.17改訂