水中溶接 2.水中溶接切断が必要な環境

2.3 水中作業環境

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 海中作業は、高圧・湿潤・腐食性という特殊環境(極限環境)です。このため、単なる自動化より進んだ、自働化・自律化と同時に陸上とは異なる視点・視野からの技術開発が必要となります。
 構造物や作業に対する波浪の影響がまずあげられます。3秒から20秒程度の周期で現れる波、これは海表面に吹く波により引き起こされた波ですが、水深が浅くなると増幅され海岸線では10mを超える場合もあります。地震により発生する波は震源地での上下変動は少ないものの、持ち上げられる領域が広大であるため、震源地近辺では上下動の少ない波であっても、水深の浅い沿岸部に達すると振幅は大きくなり、ツナミとして世界的に知られています。津波の脅威は3.11東北沖地震の映像で広く再認知されています。1m立方(一立米)の海水の重さは1トン以上あり、波にたたかれる部分には相当な強度が必要となります。また、海水の中には多様な物質が混ざっていて、特に海岸線近くでは砂が多量に含まれており構造物表面の磨耗にも注意が必要です。
 遠方の台風等により発生するうなりも同様に海岸線付近で増幅されて津波になるため、同様な注意が必要となります。季節による変動にも大きな注意が必要です。冬場には大気と海水の温度差が非常に大きくなり、厳しい海象となります。夏から秋にかけては台風の発生による暴風雨と波浪に注意が必要です。溶接は構造物の形状が急に変わる領域に実施されることが多く、このような場所は波浪や風雨により構造物にかかる力が集中しやすい場所でもあります。海洋構造物には、不規則な力が日常的にかかり、また季節によっては突発的な大きな力が作用します。さらに、海水は電解液でもあり空気の主要成分である酸素も溶解されているので、非常に錆やすい環境です。貝や海草などの生物付着による悪影響も無視できません。
 一方、水深が10m深くなると、圧力は1気圧増加します。また、太陽光は海水に吸収され、深海には届きません。海中で作業を行う場合には、この圧力の影響は深刻な問題です。右図は下側を開放した容器を水中に押し込んだ場合に、内部の空気がどのように圧縮されるのかについて示しています。アークを利用する加工法では、アークプラズマの状態に圧力が大きな影響を及ぼし、適用水深に応じた施工技術の開発が必要です。このため、最近では機械的な接合法や制御爆破切断技術が使用されることが多くなっています。
 海中作業では、流れと水温の影響もあります。海底面では流れにより構造物周囲の土砂が洗い流される洗掘が生じやすくなります。4℃の水の密度が一番重たいことから海底面には4℃の水が集まります。海表面温度は夏場で30℃程度、冬場では結氷する場合もあり、海水温は体温よりかなり低くなります。このため、熱伝達による体温の流出は作業安全上の問題の一つです。
 右図に海中に生存する各種物質の大体の大きさと、作業に密接に関係するそれらの沈降速度の大まかな例を上げています。粒子サイズの違いにより摩擦力が速度に比例するかあるいは速度の二乗に比例するのかの違いが生じ、洗掘や磨耗について注意が必要となります。
 世界全体がきな臭くなり、大きな事故や戦乱のニュースが相次いでいます。2010年4月20日にメキシコ湾でBPのDeepwater Horizon 石油掘削基地が暴噴事故により崩壊し、結果として大きな環境汚染を引き起こしました。BPは水面下1万mの石油を掘削・生産する技術を有する会社で、安全を最優先すると標榜しています。優秀な技術を保持し、安全第一で作業を行っていても、工期に余裕がなく、人員の引継ぎなどによる連絡ミスなど、いくつかのミスが重なってしまうと、大きな事故につながります。
 このような海中に固有な問題と、陸上での作業にも共通の問題を解明して、人間生活に役立つ海中での溶接や切断技術の自動化を進めています、と言いたいところですが、実力不足で蟷螂の斧です。海洋に関連する書籍は非常に多くありますが、最近読んだ本でお勧めの本として、以下のものがあります。石油や鉄を食べるバクテリアに関する記述が増えていると感じています。

・歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける / 歴史学を変える科学的アプローチ, 田中宏幸, PHP研究所 ISBN 978-4-569-82978-4
・沈没への航路(Lost at sea), マイケル・ゴス, ジョージ・ベーエ, 五十嵐洋子/訳, 翔泳社 ISBN 4-88135-721-2
・タイタニック百年目の真実(Farewell, Titanic), チャールズ・ペレグリーノ, 伊藤綺/訳, 原書房 ISBN 978-4-562-04856-4
・タイタニック号の遭難(Exploring the Titanic) / そのとき何が起きたかそのとき人びとはどうしたか, ロバート・D.バラード, 柴田和雄/訳, リブリオ出版 ISBN 4-89784-350-2
・海賊ユートピア(Pirate utopias) / 背教者と難民の17世紀マグリブ海洋世界, ピーター・ランボーン・ウィルソン, 菰田真介/訳, 以文社 ISBN 978-4-7531-0311-9
・海賊の世界史 上下(The history of piracy),フィリップ・ゴス, 朝比奈一郎/訳, 中公文庫, ISBN 978-4-12-205358-8,ISBN 978-4-12-205359-5
・古代の難破船イシス号(The lost wreck of the Isis) / そのとき何が起きたかそのとき人びとはどうしたか, ロバート・D.バラード, 柴田和雄/訳, リブリオ出版 ISBN 4-89784-351-0
・暗黒水域(Dark waters)/知られざる原潜NR−1, リー・ヴィボニー, ドン・デイヴィス, 三宅真理/訳, 文藝春秋 ISBN 4-16-365620-0
・米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方 Turn the ship around!, L.デビッド・マルケ, 花塚恵/訳, 東洋経済新報社 ISBN 978-4-492-04532-9
・昆虫は最強の生物である, スコット・リチャード・ショー, 藤原多伽夫/訳, 河出書房新社 ISBN 978-4-309-25351-0
・微生物(Microbiology)/ 目には見えない支配者たち, Nicholas P.Money, 花田智/訳, 丸善出版 ISBN 978-4-621-30052-7
・未知なる地底高熱生物圏/ 生命起源説をぬりかえる, トーマス・ゴールド, 丸武志/訳, 大月書店 ISBN 978-4-272-44028-3

次ページ 2016.03.12作成 2020.11.20改訂

全体目次
水中溶接目次
石炭紀
 石油石炭が古代に生い茂った植物化石のみに由来すると思い込んでいました。
"昆虫は最強の生物である"には、陸上の動物生態系が貧弱で、植物を食べて分解腐朽させる機能が少なく、腐食せず大量に残った結果と解説しています。
 しかし、酸素が25%も含まれた大気で、雷などによる大火災で損失する危険性が高い環境下で、何故植物が大量に繁殖して堆積して残ったのかと疑問に思います。
 "微生物"には、今まで理解していなかった生理学的な説明が多く記載されており、現役時代には浅薄な理解しか持っていなかったことを痛感しました。
 "未知なる地底高熱生物圏"には、石油の生命起源説をぬりかえる説が論述されており、なぜ油田からヘリウムが産生するのかに、なぜ油田枯渇が先送りされているのかついて説得力のある議論が展開されています。
読書の薦め
 仕事に関連した論文や専門書を追いかけるだけで精一杯な状況が普通です。出張の合間や移動中に、専門に関係ない分野の書物を読むことは、気分転換だけでなく、思いがけない気づきをする上で、大変重要だと痛感しています。東海大学出版会による「フィールドの生物学」シリーズは気楽に読めて読み応えがあり、出張の合間に読むのに最も適しているシリーズです。これに関連して以下の2冊もお勧めです。
・バッタを倒しにアフリカへ, 前野ウルド浩太郎, 光文社 ISBN 978-4-334-03989-9
・アルカイダから古文書を守った図書館員, ジョシュア・ハマー, 梶山あゆみ/訳, 紀伊國屋書店 ISBN 978-4-314-01148-8