2. 水中作業の特殊性

2.水中作業の特殊性

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 海洋は非常に神秘的で美しく、時には非常に過酷な状況となるため、テレビでもたびたび特集が組まれています。ケーブルテレビの多チャンネル化やネット配信の普及により、海洋とその中に住む生物たちの映像と知識を眼にする機会は非常にたくさんあり、映像を目にするたびに満ち足りた気分に浸ることが出来ます。さて、海洋開発という立場に立つと、その美しい自然に人間の手を加え、人間社会に都合の良い構造に変更する作業が必要となります。人は皆、所属する社会と組織の経済的・文化的・歴史的な背景により個人差はあるものの、特定の方向性を持った思想信条を持ちます。地球上には多くの国家と組織が存在し、その数に応じて、地球環境或いは海洋環境の開発と保全に対して、さまざまに異なる考え方が存在します。
 技術の本質はそのような思想にはあまり関係しませんが、技術者個人の開発に対するモチベーション(意欲・動機)には属している組織の文化・性向が大きく影響します。また技術そのものにも独特な個性があります。
 例えば、溶接技術は複数の部材を融合し、役に立つ構造を経済的に創出します。この結果、何となく前向きで明るい属性を持っています。一方、切断技術は、役に立たなくなった構造物を壊して処分するために使われることが多く、とにかく早く安く切れれば良いと言う、少しトーンの低い感情になりがちです。
 さて、海洋を安全かつ経済的に開発していくためには、海象、気象、海底地形、地質あるいは人体に係わる基礎的な知識と、海洋工学、システム工学などの高度の応用技術の双方を必要とします。産業的視野では、鉄鋼、窯業、化学などの素材産業分野、機械、電子機器、造船などの機器製造産業分野、更に土木建設、海洋調査などの広範な産業分野を組合せた典型的なシステム産業という特徴があります。
水圧の影響  海洋開発技術の特殊性は、宇宙開発技術と比較して良く語られます。海洋に係わる特殊性のうち特に重要な特殊性は、宇宙空間が真空状態であるのに対して、海洋空間には気体に対して圧倒的に密度の大きい海水が充満している事です。宇宙での地上との気圧の差は高々1気圧であるのに対して、海洋では10m潜航する度に約1気圧が加わり、深度1000mでは地上の100倍もの圧力が作用します。まず人間の作業性に関する点からみると、水深50mまでは圧縮空気を用いる通常の潜水作業が可能で、レジャーダイビングは多くの愛好家を魅了しています。水深が50mより深くなると、圧縮空気中に含まれる窒素により潜水作業士に麻酔作用が働き作業に支障が出てきます。この問題の解決のためにヘリウム−酸素の混合ガスを利用する飽和潜水技術が開発され、潜水作業が可能な水深は500m程度までと深くなりました。しかし、高圧ガスの影響で音声が不明瞭になる事や、熱伝導度が高くなり人体の温度保持に注意を要する事、あるいは体内特に血液中に溶込むガス分圧が高くなり減圧に適正な時間をかけないと血行障害に起因する疾病の危険性が生じる事、などの新たな問題点も生じています。これらの物理的・肉体的な問題のみでなく、圧迫感・脅迫感・孤独感などの心理的な作業阻害要因も多く存在しています。
 作業機器を開発する場合には、耐圧能力、耐腐食能力、海洋生物の付着、運動時に起こる水の抵抗、光や音波の散乱や減衰等、考慮すべきさまざまな問題があります。作業対象や要求される作業の質により、解決すべき問題点は異なりますが、基本的にはこれらの問題点は全て相互に密接に関連しています。また、切断あるいは溶接作業が単独で要求されることは少なく、清掃、組立、接合、切断、検査、塗装など各種の作業を組合せて実施される場合がほとんどですから、総合的な見地で対応しなければなりません。

次ページ(2.1 切断の研究要素)   2013.11.25作成 2017.4.9改定

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