2.1 水中切断技術の研究要素
作業機器を開発する場合には、耐圧能力、耐腐食能力、海洋生物の付着、運動時に起こる水の抵抗、光や音波の散乱や減衰等、考慮すべきさまざまな問題があります。作業対象や要求される作業の質により、解決すべき問題点は異なりますが、基本的にはこれらの問題点は全て相互に密接に関連しています。また、切断あるいは溶接といった作業が単独で要求されることは少なく、清掃、組立、接合、切断、検査など各種の作業を組合せて実施する場合がほとんどであり、総合的な見地で対応する必要性があります。
水中での技術開発に必要な研究要素は多くあります。私は以下の三要素に区別して検討するのが妥当だと考えています。
(1)大気中と共通の技術の根幹にかかわる研究要素
(2)高圧力雰囲気環境に起因する研究要素
(3)没水・湿潤雰囲気環境に起因する研究要素
水中では人間の作業能力や安全性の問題から、陸上での技術より相当高い安全性や信頼性が要求され、研究開発されるべき対象は非常に多く存在します。技術開発の方向としては、自律化・知能化が中心です。しかし、技術自体の成熟度と経済性との関係で、一足飛びに完全な自律作業ロボットの開発に向かうのは非現実的です。作業対象によっては、手動工具の開発改良あるいは作業支援機器の開発改良を行うのが最善の場合もあります。
海底油田・ガス田の開発により数多くの海洋構造物の組立施工が実施されてきました。日本近海には大規模海底油田が存在しない事から、国内での組立施工の経験はあまりありません。具体的な施工実績としては、海峡を跨ぐ超大橋の建設や海底ガス輸送ラインの建設などにとどまります、しかし、海外から発注された掘削用のリグやプラットホームの建造の実績は多くあります。また、海洋空間の有効利用の観点から超大型浮体構造物の組立施工技術が重要になるとの観点から、メガフロート技術研究組合で研究開発されるなど、多くの研究実績を有しています。
水中に設置した固定式のプラットホームとしては、1920年代の初期にベネズエラのマラカイボ湖に使用されたものが最初です。カスピ海のバクー近辺でも多くの海中油井が開発され、ノーベル商会による初のタンカー輸送など、積極的な開発活動が開始されました。この時期はガス灯などの照明用燃料だけでなく、石炭から石油へのエンジン燃料の変換などの産業上の要請から、油田開発の需要が旺盛になりました。その後、1947年に鋼構造のプラットホームがメキシコ湾沿岸の水深6mの海底に設置され、本格的な海底油田開発が開始されています。技術の開発と石油の需要の増大につれて海洋構造物の設置場所は、より深い水深、より厳しい海象条件の海域に移行してきました。
海洋構造物を施工する方法は、陸上の基地などで組立られた構造物を曳き船で施工現場まで曳航してそのまま沈設する方法と、構造部材を台船に積載して現地に運搬しクレーン船により組立てる方法とに大別されます。年間を通じて静穏な海洋油田海域は極めて希で、逆に海上作業が可能な期間の方が短い海域も多く存在します。海洋の厳しい自然条件は、構造物を短期間で建設することを要求するため、作業性と信頼性に劣る海上及び海中での作業を極力減少させるプレハブ化が進められています。
日本では東北沖地震の津波により破損事故を起こした福島原子力発電所の処理をどうするのかと言う問題が発生しています。人が介在できない高放射線環境での作業が主体となり、ほとんど工程が明らかとなっていません。しかし、水中切断や水中溶接技術は作業の進展に欠かせない基礎技術です。多くの技術がシミュレーションに支えられていますが、溶接切断技術そのものは複雑系の過渡現象が中心のプロセスなので、理想的な環境と反応のみで計算した結果が現場応用に妥当性があるか否かについてもきちんと精査しておく必要があります。技術や技能は常日頃から実践しておかないと、すぐ錆付いてしまいがちです。炉心溶融事故の後処理・保全処理の方向性は明らかなはずですから、必要な技術の研究を将来に向けて着実に行われることを希望しています。
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