5章 酸素アーク切断

5.9 高水深中における切断実験(4)鋼管切断2

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 本節では切断ガスを主体としたことを取り扱います。圧縮性のガスは実態と私の感覚とが微妙に食い違っていて、しょっちゅう考え違いをしています。右の図は各水深でその環境圧力に対して横軸の圧力を付加してガスを流した場合に、ガスが標準体積に換算してどの程度流れるのかについての特性です。全て直線で表現できれば簡単なのですが、微妙に直線から少し低い値になります。出口の水深圧力をP0、供給するガス圧をP+P0としたとき、ガス圧の比(P+P0)/P0がP0に影響されるためです。
 この問題を切断する水深に書き直した図を右に示します。切断酸素圧が+0.3MPaの場合には水深が深くなると圧力が不足し、実際に単位時間当たりに流れるモル数(標準気体体積流量)は水深圧力に比例はしなくなります。切断酸素圧が+1MPaの場合には水深120m程度まではほぼ水深圧力に比例して増加しますが150m以深では比例しなくなります。切断酸素圧が+1.5MPaと相当高い圧力では水深150mまではほぼ水深圧力に比例して増加しています。これらの図面は計算上の値で、実際には切断酸素を供給する配管やホース内をガスが通過するときに圧力は元圧から低下していくため、実際に切断棒出口でどの程度の圧力になっているのかは水深により異なってきます。 しかし、圧縮性のガスを使う場合にはこのような傾向が存在することに注意しておくべきです。
 右図の黒のひし形印の特性線が切断酸素圧力を環境圧力+1MPa一定にした際に実際に流れる切断酸素量です。最初は水深圧力に比例してガス流量は増加しています。しかし、水深100mを越えたあたりからガス流量の増加率は直線から少し下側にずれてきます。
 この図の左軸は、各切断条件での限界切断速度において、1cm切断するのにいくら切断酸素を流しているのかについて示しています。全ての酸素が酸化反応に寄与しているわけではなく、一定部分は酸化反応には関与せず、流れの維持に貢献しています。
 右図は水深60mにおいて付加した切断酸素圧とそのときに流れる切断酸素量及び限界切断速度で単位長さあたりに流れた酸素流量をプロットしています。赤色で示した45mmtの切断では酸素圧力が+0.8MPa付近でもっとも酸素消費効率が良くなっています。青色で示した35mmtの場合にはもっと低い酸素圧力で効率が最大になっていそうです。切断酸素圧力を下げていくと、限界切断速度も下がり、ある圧力で切断そのものが不可能になります。
 高水深の切断では大電流を使い切断酸素圧も増加させたほうが良いとの考えで実験を進めていましたが、その理由の一つがこの図の結果です。消費効率が最も良くなっている切断酸素圧力より、少し高い圧力を使用した理由は、高水深では少し余力のある状態のほうが安全だろうと考えていたからです。
 右図に水深60mで45mmtの鋼管を電極プラス400Aで切断したときの、切断酸素圧力とアーク電圧との関係を示します。切断酸素圧が+0.5MPaのときにアーク電圧が低くなっているのは、陰極点がガス流に吹き流される距離が短く切断材表面付近に集中したからと思います。それ以上のガス圧力ではより下方に陰極点が形成される時間が長く、結果的にアーク電圧が増加したのでしょう。
 このときの切断棒の溶融速度をプロットしたのが右図です。線を引きにくいデータですが、傾向としては切断酸素圧力が高いほど切断棒の溶融速度は速くなっています。高圧力中での水中切断実験はかなりの費用が必要な実験で、装置のセット、加圧、切断実験、減圧、切断棒や鋼管の取り出し、切断結果の確認など、手間と時間も必要な実験であり、闇雲に実験数量を増やすわけにはいかない事情もありました。また、1回の実験で使える切断棒は5本なので、実験条件の選定にはそれなりに頭を使い、結果的には当時はやっていた実験計画法に近い手順で実験を行っていました。
 原則としては、最初に最適と思われる2条件を行い、次に上下の局限と考える2条件を実施し、その実験の感触で、最後に上限側と下限側の条件の内どちらかの最適に近い条件を実施しました。次回以降は、実験結果から切断条件を選定して実験数を少なくする工夫をしていました。
 右図は水深60mにおいて切断酸素圧が+1MPaの条件で、アーク電流とそのときの限界切断速度で切断したときに単位切断長さあたりに消費した酸素量の関係を示します。板厚が厚いほど多量の酸素が必要でアーク電流が増加すると酸素消費量は少なくなります。400A以上では酸素消費量の減少傾向は穏やかになります。
 右の図は同じ切断条件で、単位長さあたりに供給されたアークの熱量を示しています。アーク電力量の観点からは400A程度の電流が最もエネルギ消費効率が高い結果となっています。実際の実験中には、一度の加圧で最大5本切断棒を用いて5回の切断を連続的に実施していました。切断終了後に減圧と同時に水を排除し、狭い高圧チャンバ内にもぐりこんで切断に使用した電極を取り外し、切断した外観をざっと見て次の実験の準備していました。今考えると安全管理的にはめちゃくちゃな話ですが、ほとんど一人だけで作業していました。このため、安全関係の確認だけは最重点にして、頭の中で最適と感じる実験条件を選定していました。実験中にこのような図面を作成する余裕はなく、実験がほぼ終了した後のじっくり検討する過程で作成しています。切断結果を見て、切れ味やドロスの付着状況などから総合的に判断して、感覚的に切断条件を決めていきました。結果的に最も効率的に実験を実施でき、エネルギ効率的に最適な条件を選定していたことが分かります。
 右図は同じ条件でのアーク電流値と切断棒の比溶融量との関係を示しています。比較のために青色で水深1mの結果を示しています。ここで水深1mと表記していますが、実際には高圧チャンバ内に鋼管が完全に水中に没するまで水をいれて切断しています。1回に5本の切断棒で切断しているため、切断棒の位置により実際の切断水深は異なっています。
 水深60mでは400から450Aで最も比溶融量が大きくなっています。一方、水深1mでは400A以上の電流を流した場合に切断棒の比溶融量が大きくなっています。水深1mで切断酸素圧+1MPaという値は高すぎ、切断酸素が高速度で流れることによる冷却効果が大きいため、小電流では切断棒先端部の温度があまり上昇していないと考えています。
 右図は切断水深と限界切断速度における単位切断長さあたりに投入された切断酸素量との関係です。実験は水深100m程度のところで最適になるように行っています。図に示した条件範囲では水深100m相当の雰囲気圧力で単位切断長さあたりに消費された切断酸素量が最も低くなっています。400A、35mmt、+1MPaの条件ではSPよりRPのほうが消費した酸素量は少なくなっています。これは前述したように水深100mの圧力で最適な切断が実施できるように切断条件を選定した結果、限界切断速度が速くなっているためです。
 右図にアーク電流と切断棒の溶融速度との関係を示します。水深0.1m, 60m, 150mの三つの異なる水深での切断結果を表示しています。三つの異なる水深のいずれでも、おおむね切断電流に比例して切断棒の溶融速度は増加しています。また、水深が深くなるほど切断酸素の密度が高くなり酸化反応熱も増加するため、切断棒の溶融速度が増加しています。
 増加の度合いは0.1mと60mではほぼ同じ傾きで増加しています。水深の深い150mの場合には傾きが少し低くなっています。燃焼反応は物理化学的な反応であり反応速度には限界があるためその影響を受けている可能性はあります。
 右図にアーク電流と切断速度との関係を示します。切断棒の溶融速度は切断棒先端での電流密度(先端部での温度)と切断酸素の密度に大きく依存します。切れ味によって切断棒の溶融速度に変化はあるものの、おおむねアーク電流に比例して溶融速度が増加しています。
 一方、限界切断速度は単純にアーク電流に比例するのではなく、切断母材表面温度と切断酸素密度とが影響します。表面温度は、与えられる電気的エネルギと酸素と鉄の燃焼反応によって与えられるエネルギ及び周囲への熱伝達による冷却(これから切断する領域にとっては加熱効果となります)により決まります。特に酸化燃焼反応は切断酸素が突入する母材表面温度が高いほど効率よく反応するため、低い電流値では効率は良くなく、一定値以上の電流で効率良く燃焼します。このため電流350Aでは、表面温度が十分ではなく限界切断速度が約50cm/minなのに対して、400Aでは100cm/min以上の2倍の限界切断速度になっています。それ以上の電流では燃焼反応の速度の問題であまり限界切断速度は増加していません。
 右図に切断酸素圧力と限界切断速度との関係を示します。ここまではアークの温度に対する雰囲気圧力の影響については全然言及してきませんでした。実際には圧力が増加すると、プラズマ温度は上昇します。同じ電流値を使って切断能力の比較をしてきました。同じ電流値では、水深が深くなり圧力が高くなるほどアークは緊縮し中心部の温度は高くなり、その結果アーク電圧が増加します。切断酸素噴流は鉄と酸素との燃焼反応により熱を生み出します。しかし、高圧の状態から相対的に低圧の環境へと噴出する際には、断熱膨張となりガス温度事態は冷却されます。また、ガスの噴出速度も速いために切断棒を冷却する効果も見逃せません。切断母材を冷却する効果も存在します。それらを補償するだけの熱量がアークにより与えられているか否かが切断効率に大きく影響します。また、切断酸素噴流自体もあまり高い圧力で供給され、音速を超えるような速度になると出口で乱流となり効率は低下してしまいます。
 これらの複合効果で、切断酸素圧力には各切断条件に対する最適値が存在していると考えています。

次ページ(6.アーク切断)   2016.5.25作成 2016.05.08改訂