5章 酸素アーク切断

5.6 高水深中における切断実験(1)高圧チャンバ

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高水深用の実験用圧力容器  酸素アーク切断では酸素を利用して切断しているために、切断する水深により切断酸素の密度や噴出速度が変化し、結果として切断能力が水深に影響されやすくなります。水深が深くなると圧力は増加し、切断部での酸素密度は圧力に応じて高くなります。切断酸素の噴出速度は切断酸素圧力と周囲の圧力により変化するために、陸上と完全に同じ切断条件を選定することは不可能です。
 計算上、切断棒先端部での噴出速度が音速以下を保つ範囲内で、切断酸素圧力と周囲の雰囲気圧力の差を一定にし、かつ切断アーク電流を一定という条件で、右に示す高圧チャンバを使用して、水深の変化による切断能力の変化を研究した結果では、水深が増加すると切断棒の消耗速度は水深に比例して増加します。しかし、限界切断速度の増加の度合はより大きくなる切断条件が存在することが明らかとなり、大電流使用時には、水深が深い方が切断能力が高くなります。 高水深用の実験用圧力容器
 水深の増加と共にどのように切断性能が変化するのかについて、右の写真に示す高圧チャンバを用いて鋼管杭の水中切断に関する基礎的な実験を実施しました。この高圧チャンバは、内径1.7m、高さ3.8mで、最高使用圧力は2.5MPaです。水中切断実験は水深200mに相当する圧力2MPaまでの実験を行いました。
 高水深中での鋼管の切断では、通常使用される鋼管の形状が、内径1m程度で、厚みは20-50mmと考え、鋼管の切断には右下図に示す形状の中空電極を使用しました。 長さは1m、切断酸素を噴出する内径は4mm、外形は12mmが適切と判断しました。高圧力ではアーク電圧が増加するため、フラックスの厚みは1mmと薄くして、アーク電圧があまり増加しすぎないようにし、フラックスの周囲はニスで防水しています。
 高圧チャンバの中心軸に回転シャフトを用意し、その回転シャフトからアームを張り出し、中心からの距離sの位置に電極を鋼管内面に押さえつけるための回転式電極ホルダを設置しています。実際の水中切断装置は中心軸皮両側にアームを張り出し、2本同時に切断を行いますが、高圧チャンバの実験では1本のみ使用します。しかし、鋼管と電極をセットし、水を張ってチャンバ内部の圧力を所定水深圧まで増加させるには時間と費用がかかるため、1回の実験で5本の切断棒を用意し、順次切断を行い、一回の実験で5条件の比較が行えるようになっています。
 右に2枚の画像を示します。これらは圧力チャンバに水深200m相当の圧力をかけて切断している状況を、観察窓を通してチャンバ外部のビデオで撮影した状況です。oxyarc-05.avi画像をクリックすると、切断中の状況が再生されます。チャンバ内部には照明装置は一切なく、酸素アーク切断中に切断部から発生する光は非常に強く、その上、酸素アーク切断の進行によりチャンバ内部の水は黒く濁ってしまいます。観察窓から撮影できる範囲も非常に限られています。このため、再生された映像を見てもほとんど何が起こっているのかを理解することは難しいと思います。 oxyarc-07.avi それでも、25mmから50mmの厚い鋼管が、水深200m相当の圧力で切断されている雰囲気は味わっていただけると思います。アークの熱と鉄が酸化反応により燃焼した結果鉄が溶けて排除される雰囲気は理解できる映像となっています。排除されたドロスやガスが鋼管の裏面に勢い良く噴出し、周囲の水が濁っていく状況も観察できます。
 2本の切断棒で鋼管を切断するには、1本の切断棒で内径の1.6倍の切断距離が必要となります。装置の構成上内径に等しい長さの電極は使用できないことから、通常は切断に使用する電極長さの2倍の長さを切断する必要があります。このため、中心シャフトは切断の進行に応じて切断進行方向に適切な速度で回転させる必要があります。
 鋼管の実際の切断速度Vcは、切断棒の消耗速度Vrと中心シャフトの回転速度Vsを用いて右図に示す関係式(3)で与えられます。(3)式から、切断棒の消耗速度が分かっていないと、中心軸の観点速度Vsを決定することは出来ません。
 一方、切断棒の消耗速度は、切断棒の緒元と水深圧力、切断酸素圧及び切断電流で異なる値となります。切断棒の消耗速度に関する基礎的なデータがないと高圧チャンバの仕様を決定することが出来ません。このため、既存の小形高圧実験装置を用いて切断棒の消耗速度を求める実験を行いました。
 右の写真が実験に使用した高圧チャンバです。内径0.3m、長さ1.5mで、再考しよう圧力は1.5MPaですが、切断実験は水深90mに相当する0.9MPaまでの圧力で実験を行いました。写真の左側に写っているハンドルを操作してチャンバを開放します。内径が30cmと小さいため、右図に示すような短い切断棒を用いて切断実験を行いました。
 回転モータで中空切断棒を切断板に押さえつけ、切断の進行と共に切断棒が消耗し、消耗した長さ分切断が進行します。このため、板の位置により実際の切断速度と切断棒と板の接触角度は変化します。この実験で重要な測定値は、各水深圧力での切断棒の消耗速度と大まかな切断能力ですから、当面使用予定の無いこの圧力容器を用いました。容積の小さい圧力容器内で酸素を大量に使用するアーク切断であり、水中溶接とは比較にならない危険性を内在している実験と考え、写真に見られるように、切断棒を押さえつけるアクチュエータは空気圧式とし、電気系の絶縁は念入りに施しました。
 アークが確実に発火し、準備段階では切断棒内部に水が侵入しないよう、切断棒先端にはスチールウールを詰めたアルミキャップを取り付けました。実験の手順は、まずチャンバの外で右上図のように実験装置をセットし、次に右下の写真のようにこのセットをチャンバ内に設置します。ふたを閉め、所定水深まで水を張り、空気コンプレッサで所定水深圧力にあげます。この段階で切断棒には切断酸素圧力をかけています。所定水深圧力に達したところで空気コンプレッサを停止し、実験装置全てを手順どおりに確認した後、電源スィッチを入れて切断が始まります。切断中は切断酸素が大量にチャンバ内に供給されていますから、チャンバのガス放出バルブを調整して、実験中一定圧力に保つよう努力します。切断が完了した時点で電源を停止し、切断酸素供給も停止します。本来なら圧力を開放して大気圧になった時点で水を放出し、蓋を開けるのが正しい手順ですが、圧力がかかった状態で圧力を利用して放水し、大気圧に下げていました。
 右図に示しているのは、この実験で使用した装置では切断の進行とともに、運棒人接触各度とが変化する事情を示しています。切断棒を保持している高さhより切断棒が一定以上長い場合には幾何学的な運棒比は1をやや上回る程度であまり変化はしません。しかし、切断棒が消耗して切断棒の長さLが支持部の高さhに近づくと接触角度は急に高くなり運棒比も大きくなってしまいます。実験の進行により切断棒の消耗速度が核実験条件でどの程度になるのかは分かりますので、所定の時間が経過した時点で、切断電流と切断酸素の供給を止めていました。

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