5.2 タングステン電極
タングステンは銀灰色の非常に硬く重い金属で、元素記号はW、原子番号は74、原子量は183.85であり、希少金属の一つです。クロム族元素に属し、化学的に安定で、その結晶は体心立方構造 (BCC) です。タングステンは全ての金属の中で最も融点(溶ける温度=3680K)が高く、蒸気圧も最も低い金属です。細く加工することができ、電気抵抗も比較的大きい(電気抵抗率=52.8 nΩ・m 於20℃ )ので、電球のフィラメントにも利用されています。
GTA溶接用のタングステン電極材料の種類はJISZ 3233-1990に(1)純タングステン、(2)酸化トリウム(トリア)入りタングステン、(3)酸化ランタン(ランタナ)入りタングステン、及び(4)酸化セリウム(セリア)入りタングステンの4種類が規定されています。このほか、JIS規格にはありませんが市場には、酸化イットリウム(イットリア)入りタングステンや酸化ジルコニウム(ジルコニア)入りタングステンなどが出回っています。種類が多く、それぞれ用途が決まっていることが多く、電極種類を間違えることの無いように、右図のように電極の頭の部分に色を付けて識別しています。詳細な特徴については、次節以降で紹介しますが、ここでは各種電極の大まかな特徴を紹介します。
(1)純タングステン
電極先端部が高温になるまでの比較的長時間クリーニングアクションが継続し、アークを発生させると直ちに先端形状が溶融して丸くなります。丸くなった後は形状の変化は見た目には目立ちません。電極プラスの場合にも先端部は溶融して安定してアークが出るので、交流ティグによく用いられます。
(2)トリア入りタングステン
純タングステンに比べて電極先端の溶融消耗やスタート性にすぐれています。古くから直流溶接に用いられていますが、トリアが放射性であるため管理に注意が必要です。交流で使用する場合には、電極プラスのサイクルで先端部は溶融し、先端部からかなりはなれた位置までトリアの蒸発温度より高温となり、トリア成分が極端に減少します。電極先端部が溶融飛散することもあり、使用には適しません。
(3)ランタナ入りタングステン
溶接用タングステン電極の中では最も耐消耗性とスタート性にすぐれているといわれています。長時間の連続溶接でアークの安定性などを要求する自動溶接に良く用いられています。
(4)セリア入りタングステン電極
トリア入りタングステンより耐消耗性とスタート性にすぐれています。交流でも、電極先端部よりタングステンが溶融飛散しにくく、先端形状の溶融変形の程度も小さいこともあり、アルミニウムやその合金の溶接に用いられます。
溶接性能は電極先端部の形状にも影響されます。電気抵抗は電流が流れる断面積に反比例して高くなります。電極内部で発熱するジュール熱は、電流の2乗と抵抗の積なので、電極の直径が小さいと温度は高くなり、小さすぎると過熱状態となります。電極の直径が大きすぎると、ジュール熱による温度上昇は低く、電極先端部の温度が電子放出には不十分になることもあります。このため、用いる電流値により適切な電極の直径が推奨されています。
電極内を流れる電流による温度上昇のみを考えると、右の図のような温度とアークの発生状況になると考えるのが自然です。また、電極先端部の形状により溶込み深さが異なることも良く知られています。私が溶接に従事するようになった頃は、先端部形状によりプラズマ気流の強さが変化し、それが溶込みに影響するとの説が定説になっていました。私自身は、その説は論理的に主客転倒しているように感じて、納得がいきませんでした。しかし、実際に映像を見ていたわけでもなく、聞き流している状態が続きました。溶接高度化プロジェクトで映像を豊富に取得できるようになり、気になっていた電極形状の影響を調べてみました。
右表に、ここまで示してきた代表的な形状の電極先端部温度を計算した結果について示します。計算に使用した仕事関数は2%トリウム入りタングステンの値を使用しています。アークの写真から、カソード領域の面積を算出し、その領域の温度が同一(電流密度が同じ)であると仮定して温度を計算していますので、厳密には正しくないのですが、大まかな温度の傾向を指し示すと考えています。下図に計算に使用した映像を示します。3.2mmの太径電極先端温度は他の電極に比較して低いのに、電極全体は明るく光り、表面温度は他の電極より高いことが分かります。残念ながら現時点では、その理由が良く理解できず頭を悩ましています。
右に示す様々な形状の電極を用いて色々実験してみました。アーク溶接現象は、電極の直径などの形状と素材の成分割合、母材の成分及びシールドガス組成と電圧・電流値など非常に多くの要因が相互に密接に関係した現象です。また、通常気にすることはほとんどないのですが、実験に使用する電源の性能(能力)が現象に大きく影響します。多くの実験結果は、単純化した仮定では相互に矛盾する結果を示すことも多くありました。同じ条件で再実験しているのにもかかわらず、全然現象を再現できないことも多々ありました。何が問題かを考えた結果、電源が違うことに気づき、元の電源に変更すると再現できたこともあります。それやこれやで、なかなか自分で納得できる統一的な理由を示すことはできていません。
右下の表にGTA溶接動画の代表的なものを示します。溶接アークの光は非常に強力なために、昔はなかなかきれいな映像を撮影することはできませんでした。最近ではカメラの性能が良くなった事に加えて、レーザ照明などが簡単に利用できるようになったことや、アーク光が弱く、溶融金属からの光がある程度ある近赤外光のみを撮影することなどにより、手軽の溶接状態を観察できるようになりました。
・画像をクリックすると別画面で動画が再生されます。 | ||||
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CCD映像 | レーザ照明 | レーザ照明 | アーク消去 | CCD映像 |
丸棒上 | 磁力回転 | 磁石で偏向 | パルス | 不安定 |
ATIG | Normal | ATIG | Normal | N->A |
Larc HS | Larc LS | Laser | ThW_Angle | Flux |
41 | 42 | 43 | 44 | 241 |
アークと溶融金属は電磁気的に不安定です。活性フラックスを利用すると、湯流れや溶融金属の蒸発挙動が変化します。Zr粒子で溶融金属の挙動を見た映像を3列目に提示しています。SUS304の硫黄含有量の多寡やフラックスが湯流れにどのように影響するのかについての動画です。
溶接中の電極は高温となり、周囲ガスに酸素が一定量含まれていると、トリアが溶融して流れ出します。陰極のすぐ上で酸化したタングステンが蒸発し、一部のタングステンは再結晶化してリムが生成されます。解けたトリアは溶接終了後に結晶化し微小な突起物(debris)となり、次回アーク発生時に蒸発や落下などの不具合を生じます。
次ページ 2016.4.1作成 2018.5.3改訂