8.3 光波長の影響
アーク現象の映像を明瞭に撮影するためには、アークから放射される光の波長分布特性を理解しておくのが最善です。発光の多くは再結合放射による連続スペクトルですが、制動放射による連続スペクトルも若干存在します。両者の発光強度はほぼ同一の式で表現されます。右図および下図のスペクトルはImSpectorという分光プリズムをレンズ先端に装着して撮影したスペクトルです。電極先端部表面付近では電極から放出される電子と母材側から飛来してくるイオンとの再結合が頻繁に生じ、また、電極先端部は3,000K程度の高温となっていることから、連続スペクトルが優勢となっています。人の目では、輝度の変化を確実に理解することはできませんが、データとしての差異ははっきりと存在しており、それを先端部近傍の輝度を波長軸上にプロットしたものが右図の中のグラフです。その下に比較のために電極先端部より0.5mm程度下のプラズマ部のデータを示しています。左上の写真は、透過波長が950nmの狭帯域干渉フィルタを装着して撮影した映像です。
上の写真は、シールドガスの違いが、スペクトル分布や電極の状態に及ぼす影響について調査した映像です。白黒表示では人の目による判別はできにくいため、擬似カラー表示をして違いを明瞭に識別できるようにしています。また、アルゴンの輝線スペクトルに近い694nmの干渉フィルタを用いて同時に撮影した映像も示しています。純アルゴンシールドでは、アークは緊縮しているように見えます。アークは水冷銅板上に発生させていますので、陽極からの金属蒸気の発生はほとんどありませんが、陰極先端近傍で蒸発した金属からの発光が500nm以下の波長域で識別できます。中段のアルゴンとヘリウムの比率が1対3のシールド条件では、アークからの発光はかなり少なくなります。再結合による連続スペクトルがほとんど見られない状態になります。電極近傍ではヘリウムの輝線スペクトルが確認でき、アーク柱全体にアルゴンの輝線スペクトルが確認できます。694nmの映像からアルゴンイオンの存在する範囲が、純アルゴンの場合に比較してかなり広がっているように見えます。カラー映像ではアークは電極先端周辺のみに認められていますが、このカメラの分光感度特性が赤色側で弱いため、即ち、700nm以上の波長帯域の光をほとんど感知していないためと考えています。電極部分の輝度はかなり高くなっていますが、電子の放出量確保のために電極自体の温度が高くなる必要があると考えています。下段は純ヘリウムシールドでの映像です。アーク領域にはヘリウムの輝線スペクトルのみが存在しています。電極表面からはかなり強い連続スペクトルの発光が見られます。同一電流を流すために、より高温の電極温度と広い範囲からの電子放出が生じているものと考えています。
右の写真はさまざまな干渉フィルタを用いて、ヘリウムシールド条件でSUS304に100Aの電流を流して溶接している状況を真横から撮影した写真です。波長帯域により状況がさまざまに変化していることがわかります。電極表面の発光部位やその周辺に傘状に発光している金属イオンの再結合による発光、傘状の発光領域のすぐ下で強く発光しているのは、傘状に発光している金属イオンが電極表面近傍で再結合して発光しているものと考えられます。
右の写真は溶融池が観察できるように斜め上方から撮影した映像です。溶接の進行に伴い溶融池自体が振動しているために、溶融池上に映った電極の位置や傾きは、写真ごとに違っていますが、利用する波長帯域により映像がかなり異なることが分かります。これは実際の物理現象を反映した相違なので、波長帯ごとの現象を総合的に判断することにより、全体的なアーク溶接現象を理解するための有用な情報となります。
右の写真は水冷銅板上とSUS304上のヘリウムアークの状況を撮影した例です。水冷銅板にアークを発生させた場合には、金属蒸気の発生は極めて少なく、結果的にヘリウムの発光色である赤色の領域のみが撮影されます。一方、右側のSUS304にアークを発生させた場合には、金属蒸気による発光がある程度の割合を占め、ヘリウムアークの赤色が弱く感じられるようになります。
次ページ 2014.10.10作成 2018.9.1改定