8.高速度ビデオを用いたアーク現象の観察  8.7 時間軸の解析

8.7 時間軸を機軸とした映像情報の解析

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 高速度ビデオの撮影はあっという間に終了しますが、撮影した映像をチェックするのには結構時間がかかります。また、データを外部記録媒体(HDD)に転送記録するのにも時間がかかります。以前は、HDDの価格が高価であったこともあり、確認した映像の内、記録する必要がある部分のみを、圧縮した映像形式(CODEC)で記録していました。時代の変遷に伴い、次から次へと新しく効率的な圧縮形式が開発され、それらが、開発した機関の特許とも関係しているため、以前記録した圧縮映像が、PCの機種更新とともに利用不可能になったケースがかなり存在します。また、最近市販のビデオ編集ソフトのほとんどは、テレビ、スマホ、携帯などで利用される標準的な画像サイズしか扱えないものに置き換わっています。
 標準的な画像サイズの映像データを編集して記録するのには、これらのソフトは便利です。しかし、高速度ビデオで撮影する対象は、縦長であったり極端に横長であったりと、撮影する対象の特性により大きく変化します。標準的なサイズとは異なる高速度ビデオ映像を最終的に記録する場合には、解析処理して特長を抽出した情報を元画像に張り込むと同時に標準的な縦横サイズに各時刻の画像に成形し、不必要な時間帯のデータを削除た後に、未圧縮AVIファイルに変換して記録しておくことが、将来の再利用に有効であると考えます。
 これらのことや、近年目覚しく発展しているビッグデータ解析技術の趨勢を考えると、解析処理前の高速度ビデオ映像データは、各時刻の映像のビットマップ情報を時間軸で積み重ねたブロックデータとして、未圧縮で記録しておくのが最善かなと思っています。当然、各高速度ビデオ会社が用意している圧縮形式(RAW)で記録する選択肢はあります。しかしその場合圧縮アルゴリズムが一般に公開されていることは少なく、いったん撮影した機材に適合する高速度ビデオプログラムを介してしか、映像化と解析ができません。このため、記録した映像データを直接解析したい場合には、不便をかこつことになります。
 下図は、GTA溶接の放電開始時の挙動を54kfpsで撮影した映像の一例です。最初の映像より前の時刻の映像には光は一切含まれません。このように、注目すべき時刻列の映像をべた焼きして表示することが一般に行われています。一般に高速度ビデオの映像は徐々に時間かけてを変化することが多く、高速度ビデオ映像の検証には、結構手間取ることになります。また、全体的な変化の状態を理解するのにも便利ではありません。

 アーク現象を高速度ビデオで撮影する目的の多くは、かなり速く変動する現象が、(1)ある程度定常的な周期的変動か、(2)突発的な異常変動は存在しないか、(3)実際に如何なる現象が生起しているのか、などについて把握したいためです。時間的な変動を最も簡単に把握するのには、各瞬間の画像から全画素の輝度の総和を算出し、時間の関数として記録することです。しかし、この方法は撮影した対象の物理的な変化を直感的に把握するには不十分です。筆者が良く利用しているのは、各時刻の画像について横軸上の各色の最大値を求めてそれをY座標(縦軸)の値として、横軸に時刻を用いる方法です。同時に撮影開始時刻周辺の代表的な画像を開始時刻の左端、撮影終了時近辺の代表的な画像を右端に表示して1枚の画像にまとめたものです。通常のアーク現象の観察では、この形式の1枚の画像にまとめることにより撮影した映像のほぼ全貌が一目で把握できます。また、撮影速度が速すぎるのか遅すぎるのかを判定するにも便利です。水平方向の時間的変化については、少し複雑になります。単純に最高輝度を用いたのでは、見るべき事象が表示できないケースが多くあり、見るべき変化が生起している領域を特定した後に、チェックすべき領域を切り出して画像化する必要があります。また、時間的に余裕があれば、見るべき時刻の画像を周囲にべた焼き風に配列しておくとより後々の検索に役立ちます。見るべき時刻を自動的に見つける手法については、次節[8.8統計的処理]で紹介します。
 右の図にまとめた映像は、初期のCCD素子を用いた高速度カメラ撮影による結果であり、その当時の撮影速度では、アーク発生後に電極が徐々に加熱され、定常的な熱陰極として安定に動作するまでの大まかな挙動しか理解できず、アーク発生直後の過渡的な挙動については何か特別な反応が生じているらしいということしか分かりませんでした。撮像素子がCMOSに代わり、扱える画素サイズと最大撮影速度が格段に改良された最近の高速度ビデオになり、ようやく絶縁破壊直後の挙動がある程度撮影可能になりました。
 下の図は54kfpsで撮影した高速度ビデオによる観察結果です。映像右上側が上下方向の変動時刻歴を示し、右下側が水平方向挙動の時刻歴を示しています。その時刻歴画像の中に垂直に描画したアーク発生後2.5ミリ秒経過した時刻の映像を左端に表示しています。上下方向の変動を示す時刻歴画像の左には正常な向きの映像を、水平方向挙動を示す時刻歴画像の左には時刻歴画像に合わせて左90度回転させた画像を表示しています。上図に示した250fpsからの映像では発生直後に線状の明るい状態しか判別できなかった挙動が、ある程度明瞭に観察でき、それが初期の5ミリ秒程度持続し、7.5ミリ秒以降は比較的安定な状態に移行することが分かります。この状態以後の挙動を観察するには、上の図に示した遅い撮影速度(250fps)でほぼ十分となります。

 一旦アークを発生させた電極表面には、酸化タングステンやトリアなどの一部が電極から放出された後、電極に付着してリムなどのデンドライト結晶として生成します。また、それらが電極表面に析出して溶融した状態になり、電極上を流れ、一部は蒸発し、あるいはこの溶融した薄膜上の帯の上にカソードスポットが形成され円周方向に移動します。放電終了後に、それらの溶融した酸化物が凝固再結晶化して表面に形成されます。これらの電極表面に付着した突起物が、アーク発生時の衝撃的な加熱やアーク始動高周波などによる電磁界により、電極から飛散したものと考えられます。母材側からも明るい炎が発生していますが、これは活性フラックスによるものです。活性フラックスはチタンなどを含んだ粉体であり、電気的には母材とつながっていますが、熱的にはほとんど絶縁状態です。このため、母材に比較して極めて早く高温になり蒸発・電離しやすい特長があります。水平方向時刻歴からはスパッタなどの飛行速度の水平成分は算出できます。しかし、それらが電極由来なのか母材由来なのかについての情報は含んでいません。上下方向の変動時刻歴では、各粒子の飛行速度の鉛直成分が算出できるとともに、それらが電極由来かあるいは母材由来かについては、それぞれに右下がりか右上がりかで判別できます。
 下図はシールドガスが流れていない状態、空気に囲まれた状態でアークを発生させたときの挙動(arc behaviore without shielding gas at 54,000 fps)です。母材にはSUS304を用いており、アークに直撃されたSUS304表面は即座に溶融し、表面に多量に存在する空気中の酸素と反応し酸化反応により急速に加熱され、溶融蒸発が生じるなど、希ガスによりシールドされた状態とは非常に異なった現象を発現します。

 下図は再度ヘリウムシールドの映像です。これは、アーク発生直後と定常状態に達した後アークを消弧した前後の映像です。アーク発生時の垂直方向時刻歴の図は上と同じものですが、左端に示してある画像(a)はアーク開始5ミリ秒間265枚の画像から、各画素の最高輝度を図示しています。この図は、アークやスパッタなどの軌跡を表現しています。その下の画像(b)は265枚の画像の輝度データの平均値、最下段は平均二乗誤差を画像データ(c)として図示しています。詳細については次節で説明しますが、平均値画像は最大撮影速度の遅いビデオカメラで5ミリ秒間露出して撮影した映像、即ち200fpsの映像に相当します。実際には、画素の感度の関係で(a)の最大値画像に近い画像となり、以前に用いたCCDビデオカメラ200fpsの映像に近くなります。なお、この200fpsの撮影を行ったCCD素子の高速度カメラは赤色系統の感度がアーク撮影には適当ではなく、アークの映像が全体的に青味がかった映像となっています。

 上図右下の3枚の画像は、左から(f)アークを消して15ミリ秒間の平均を正規化した画像、(g)アークを消して15ミリ秒間の平均2乗誤差を正規化した画像、(h)アークを消した後(上の図で赤線で示した瞬間)の映像を正規化した画像です。いずれの画像も計算値をそのまま画像にすると人の目には判別しにくい暗い画像であったため、正規化して全体的に明るく分かりやすい画像に変換して表示をしています。
 時刻歴画像を作成する場合、何に着目するのかにより格段に異なった画像となります。一般的には最大値画像を表示するのが簡単で分かりやすいのですが、着目する現象によっては、そのほかの値を採用することが望ましい場合があります。下図はその一例です。左端の画像はそれぞれアーク発生時点から、(a)2.3ミリ秒後、(b)3.1ミリ秒後、(c)5ミリ秒後の映像です。上段右の3枚の画像はそれぞれアーク発生後5ミリ秒間の垂直方向の時刻歴画像ですが、それぞれ(d)電極中心軸上の輝度、(e)水平方向の最大値、(f)水平方向の平均値を正規化したものを示しています。(d)電極中心軸上の輝度をプロットした画像からは、電極先端部には陰極点が存在せず、全体的に暗い状態が続き、陰極点が電極先端部に移動した瞬間に電極直下の空間が一瞬明るく光り、その後先端部が明るく光り陰極点が先端に固着することが分かります。また4ミリ秒くらいの時点で電極側面にも陰極点が形成されていることも分かります。母材側の陽極点については、電極直下から若干ずれているため、右側の最大値画像では判別できていない母材から放出されたスパッタの軌跡が判別できます。
 中段の右側3枚の画像は、陰極が存在する領域のみを対象とし垂直方向の画素について、特徴的な例を示しています。下側3枚の画像はそれぞれ、(g)アーク領域の上半分、(h)アーク領域の下半分、および(i)プール(アノード領域)部分の最大輝度を表示しています。このように、解析目的により着目すべき領域は変化します。
 さて、54kfpsの撮影速度では、放電開始直後の挙動を理解するには不十分であったため、別の機材を用いて、1,300kfpsで同じ現象を観察した例を示します。この程度の高速度撮影になると取得可能な画像サイズは小さくなり、ビデオの感度もほぼ限界に近づきます。またカメラメーカーにより色調が異なります。この映像は青味がかったものになっています。この映像からアーク発生直後に非常に速度の速い現象が生起していることが理解できます。画像サイズが不十分なため、結論は未だ出せませんが放電開始直後の電極温度が低い条件での放電挙動は明らかになりつつあります。100kfpsの動画( Helium arc at 100,000fps)と525kfpsの動画( video rate of 525,000 frames per second.)を再生してみることができます。
 最後に、GMA(ガスメタルアーク)溶接現象を時刻歴表示した例を右図に示します。ワイヤ直径と同じ程度の微細な粒子が移行する一例ですが、垂直軸の時刻歴図と水平軸の時刻歴図から、粒子の直径や飛行速度のあらましが理解できます。更に、溶滴が過熱され、内部の酸素と炭素が化合し、化合生成したガスの膨張により溶滴が爆発する現象も捉えることができます。その様子を下側に配置したべた焼き写真で表示してあります。この映像例は、自動的に異常現象を認識してその位置を掲示しています。
 得られる画像の性質は、使用するカメラの機能と撮影条件、用いるレンズの仕様と干渉フィルタの性能により決まります。最近の高速度カメラは非常に高機能となっており、高品質の映像を容易に撮影することができます。画像のサイズと撮影速度は相反する条件ですが、まず目的とする解析に必要な画像サイズを決め、そのサイズで所定の撮影速度が可能な場合には、そのカメラの最高限度の撮影速度を選定し、露光時間はその撮影速度標準の長時間露光にすることを推薦します。その条件では、光量が不足する場合には必要な感度になるまで撮影速度を下げることになります。しかし、溶滴移行現象などの解析目的の高速度ビデオ撮影では、白黒カメラに干渉フィルタを装着する場合がほとんどです。この場合には、データを12ビットデータで記録することが可能です。見かけ上露光量が不足しているように感じられても、解析に必要なデータ深度が存在している場合が多いので、撮影速度を下げる必要がない場合が多く存在します。逆に、光量が十分すぎるほどあるのならカメラの絞りを絞って被写界深度を深くします。さらに光量が過大な場合にはNDフィルターで減光します。最近では、ND2.5からND1000相当までフィルタ枠の回転により連続的に減光できる可変式フィルターが、市販されています。
 速い撮影速度を選定すれば、当然データ量は多くなり、データを保存するための記録時間と必要なハードディスク容量は大きくなります。しかし、最近のデータ転送速度の高速度化とHDDの大容量低価格化で、以前必要とした時間や価格に比べて優位になっています。撮影速度を上げて、撮影枚数を増加するよう推薦する根拠は、輝度が低い場合に影響が生じる暗電流ノイズや画素に固有のノイズを検出し、データの質を向上させる可能性が大きくなるからです。画像内の要素には以下の9の領域があります。(1)溶接ワイヤの固体領域、(2)溶融した部分領域(極点も含まれます)、(3)ワイヤから離脱した溶滴領域、(4)スパッタ、(5)ヒューム、(6)アーク領域、(7)溶融池領域、(8)母材固体領域、(9)背景領域(一般的には暗電流ノイズリッチの暗い領域でたまにスパッタを含む)。空間的情報(大きさ=面積、平均輝度、分散、領域内最高値、境界部輝度差、重心位置、領域内輝度の総和、境界線長さ)と時間的情報(面積、平均輝度、分散、領域内最高値、重心位置、領域内輝度の総和)の時間周波数特性(=周波数分布と位相情報)を利用して各種の特徴量を計算することができます。
 特徴量の抽出と現象を理解するのに最適な速度が決定したら、その速度での再生用ビデオファイルを作製し、抽出した特徴量と再生用ビデオファイルのみ、関係者共用のデータサーバーに保存し、共通利用できるようにすれば記録量はそう大きくはなりません。また、解析作業が一段落した時点で、内蔵型HDDに、データサーバに保存したデータと高速度ビデオの生データとを、夜間にでも一括して記録し、HDDのみを取り出して規則正しく保存しておけば、保存に係る人パワーと保存スペースとを小さくすることが可能です。

次ページ   2014.10.10作成 2017.1.26改定

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関連項目の目次
高速フーリエ変換

・Fast Fourier Transform(FFT)とは、離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transform、DFT)を計算機上で高速に計算するアルゴリズム。フーリエ変換の逆変換がIFFT(Inverse FFT)です。

・フーリエ変換は、信号またはシステムを時間領域から周波数領域へ変換します。

・時間領域(Time domain)は、数学的関数や物理的信号の時間についての解析の意味です。信号が時間と共にどう変化するかを解析します。

・周波数領域(Frequency domain)とは、関数や信号を周波数に関しての解析の意味です。信号にどれだけの周波数成分が含まれているかを解析します。