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その1「わかれる道」
裏切られた訳じゃない。もともと違っていたのだ。
勝手に期待して、勝手に夢を共有している気分になっていただけだ。誰も裏切ったなんかしていない。
「君達は、情報を上に報告しなかった。」
「騙したのね」
誰が、悪い?
誰がいけない?何がいけなかった??
勝手に夢・・・見ていただけ。
「もう、信じられないんスか?」
誰も信じない。自分さえも信じられない。
自分勝手でわがまま・・・こんな事で傷ついて、苦しんでいる。
馬鹿・・・みたいだ。
目・・・熱い・・・涙・・・泣いている。本当に馬鹿だ。
今日、青島達にヒドイ事を言った。卑怯な手使って・・・彼等を傷つけた。
馬鹿だから、勝手に理想・・・共有している気になって、本当は彼等に信用なんかされてないって事、判ってなかった。いい様にあしらわれていただけだったのだ。
一人になって・・・今日あった事・・思い出したら、涙が止らなくなった。
悔しくて、辛くてたまらなかったから・・・こんなに泣くぐらい辛い思いしたのは、初めてで・・・止め方も判らない。止めなくてもいいと思った。
涙と一緒に、忘れてしまえばいい。
馬鹿な夢の事。
今までの事。
青島の事。
ピンポーン
軽くて短いチャイムの音。来客?時計を見る。1時・・・こんな時間に何の連絡も入れずに訪れるような知り合いはいない?首をかしげて考えてみる。やっぱり思い当たる顔が浮かばない。
ピンポーン
誰だか判らない。
とりあえず顔を洗って、玄関に向かう。覗き穴、覗いたら心臓・・止るかと思うくらい驚いた。
あ・・お・しま・・。
どうしょう・・なんで、こんなトコロに・・・会いたくない・・顔、合わせられない。
居留守使おうか?・・部屋の明り・・ついている・・・駄目だ。
どうしょうか、玄関先で因循していたら胸の携帯が鳴り出した。携帯の音・・・キット外にも漏れたに違いない。慌てて電話に出る。
『ムロイサン・・・』
扉の向こうに居る青島だった。
『話・・・したいです。開けて下さい。』
「話する事なんて、ない・・・。」
じっと、扉をみつめる。・・・向こう側に居る青島の姿が見える気がする。
視線・・・感じるような気がする・・こっちも見られているような、錯覚。
『・・・・室井さん!』
体がふるえた。電話からの声と扉の外から聞こえる声。電話・・・切る事が出来ない、扉を開ける勇気もない。
ドンッ!
扉を叩く音に恐怖を感じた。怖かった・・反射的に電話切ってしまった。
一歩しりぞいて扉を凝視する。鍵かかっている。こちらから開けないと入ってこられない、判っているのに、今にもこの扉が開いてしまいそうで怖くてたまらない。
緊張して、体が固まったまま動かない。
ドンッ!
「室井さん!」
舌討ちするように、はきすてるように、自分の名前を呼ぶ。しばらくしてあきらめたのか、靴音が遠ざかっていった。完全に音が消えても、しばらくその場から動く事ができなかった。
息を一息ついて、緊張を解くと、とたんに後悔の念に囚われた。
何故、この扉をあけてやれなかったのか?わざわざ訊ねてきてくれたのに・・・。そう思うとすまなさに心が痛む。同時に自分の弱さに呆れ返るばかりだった。
こんなに、自分が愚かな人間だとは思わなかった。
自分がドンドン嫌いになっていく。
最初から違っていた。大丈夫・・・大丈夫・・失う物なんて、最初からなかっ・・た・・・。
ズルズルと体の力が抜けて、立っていられなくなった。
しゃがみ込んで自重の笑いが漏れる・・ノドが熱くてヒリヒリしてきた。
今日だけ・・・自分にいいきかせる。
明日からは、元の自分に戻るだけ。
その後青島達がどうなったのか私は知ることはなかった。毎日の多忙な毎日に追われるようにして過ごした。
彼等は彼等でいつもの通り仕事に励んでいる事だろう。官僚を中心とした警察機構に不満を持ちながら。
私に出来る事は、今目の前にある仕事をひとつひとつ片付けていくこと・・・急いでは駄目だ。一つ一つを大切にしていく、胸に刻んで上に行く。自分の思い・・貫く、絶対迷わない。そう心に誓った。
人事異動の通知を握り締めて、私は扉を閉めた。
言葉が欲しい。
室井さんは、何もいわなかった。何もいわなくっても判っている。あの人の意思が、官僚組織に染まることなんて、決してないなんてことは・・・。
判っていても・・声、言葉聞きたかった。あの日から、結局何も言ってこない。
「最近は、大人しくしているようだね。」
廊下で新城管理官に会った時に、突然言われた。
「お陰でキミのトモダチの室井さんは、また出世したよ」
「どういう意味ですか。」
新城管理官は階級制度と服務規定に絶対服従を強いるタイプなのだろう。ことあるごとに俺につっかかってくる。上司に嫌がれるのは、この人に限った事じゃないけれど、この人と話していると、なかなか表現がストレートというか・・・嫌われるというより、恨まれているような気がする・・・。
恨まれるいわれは何もないはずだが・・・・・。
「判らないのか?」
「何がですか。」
ろくな事言わないとは判っていても、つい答えてしまう自分の性が悲しい。
「おまえが何もせずに居れば、室井さんは上に行ける。おまえが室井さんの昇進の邪魔をしていたんだ。」
このまま大人しくしていろ。新城は蛇のような視線を投げてからクルリと去って行った。
官僚、自分とは違う世界の人種・・・・いや、違う!何も違わないっ。
脇の壁を拳で強く叩く。痛みと痺れが体を支配する。
新城の言っている事は、悔しいが間違っていないんだろう。今のままでは、俺が・・俺自身が室井さんの夢の邪魔をしている・・・・。
室井さんは・・俺の事・・・・邪魔だと思っているんだろうか?-そんなハズは絶対にない。それは言い切れる自信がある。でも・・・・俺はどうしたらいいんだろう?自分の気持ち抑えていれば、決められた理不尽な枠の中でだけ・・ただのひとつの駒として、意思もなく動けばいい?
それが、室井さんの為??
・・・それは・・・・・・ちがう。
頭を一振りして無駄な回路を捨てる。考えたって無駄だ。どうせ身体が勝手に動いてしまうのだ・・・。 それが俺だ。青島という男だ。
話がしたかった。
あの日ホテルに押しかけた。何も返事をくれなかった。何も言ってくれなかった。
なのに室井さんの痛みがドア越しに伝わってきた気がした。
俺よりも何倍も傷つき安い心を持っている。汚れてない、純粋な魂を持った人。
裂かれるような痛みと心の悲鳴が聞こえるような気がした。一人で泣いているんじゃないかと思ったら、ジッとなんかしてられなかった。
本当は朝までだって待つつもりだった。けど、辞めた。
拒絶された事にそれなりに衝撃を受けたから、振り切るように切られた電話。
反応のないドアが・・悲しかった。
何を考えているんですか?
思いは、今でも同じですか?
言葉が欲しい。切望している。
「昇格おめでとうございます。」
どこから情報を入手してくるのだろう?新城からの電話の第一声だった。
「・・・・どうも・・・どうかしたのか?」
「今日、青島に釘を差して置きました。当分静かにしているでしょう。」
新城が青島を目の敵にしているという噂は聞いている。青島も災難な事だが、そんな事で負けるような男ではないことは、自分が一番知っているつもりだった。
「何か勘違いでもしているんじゃないのか?私と青島くんとの間に因果関係はない。」
新城からの電話は、次に私が行くポストの情報提供だった。上への立ち回りや配慮の仕方、果ては人間関係まで・・・・眉間に力をこめたまま、電話口に向かって短く礼を言って切った。
新城の話は私の気を重くした。このただれた慣習こそ、私が排除したいと願っているモノだ。
上に・・行く!
何かある度にその言葉を呪文のように唱えてきた。そうやって自分を支えて来た。一体誰の為に?辛い・・・でも、忘れない。たとえ・・・忘れられても・・・。自分の中であの時期はとても重要だった。大切にしている。青島の顔がいつまでもたっても脳裏から離れない・・・。
離れなくてもいい、あの顔を 姿を・・・あの言葉を、背負って上を目指す。
非難するような目が痛かった。
序章
その1「わかれる道」
その2「伝わらない言葉」
その3「踊り続ける人形達」
その4「届かない」
その5 「遠いまぼろし」
その6 「虚像の願い」
その7 「背徳と事件」
その8 「夢を見るなら、良い夢を」
終章
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