その4「届かない」

何千何百っていう人の顔が頭を駆け巡る。体も疲れてる頭も疲れてる・・心身共に疲労困憊・・あぁ・・つまらないことを考えるのも疲れる。泥のように眠りたい・・。
こんなに疲れてるのに、さっきはサイコ女に暴れられてしまった。でもま無事に取り押さえたし、例の署内強盗も捕まえたし、取りあえず一安心ってトコだろうな。
・・・・おやすみー・・・。

「せんぱい せんぱーい せんぱーーいっ!起きて下さいよ!」
・・・うるさいな!
「#○〜△*@~゜・・んだよぅっ!」ぼけて言葉もうまくでない。
お〜れは、疲れてるんだよーましたくーん。
「今、本店でぇ・室井さんトコで動いてるヤツからメール来たんすよ!」
・・いろんな友だちいるよね・・真下くん。
寝ぼけた俺の前に真下はメールを開けて読ませてくれた・・・。
なんか・・画面にピンクのクマとかが居るんだけど・・話題のペットメールってヤツかな・・相手もこんなん使ってるのか・・本店の捜査員でも真下の友だちだな・・。

この捜査員、ほとんどリアルタイムでメールを打ってきたらしい。会話の断片、断片を送ってくれているようだった。
読み終わると共に眠気もダルさも吹き飛ぶ。何をおいても室井さんに会わなきゃダメだって思って急いで会議室に向かった。
会って俺達の事分って貰わないとダメだ!これからのこと、いままでの事、全部なかった事にされそうだ。ちがう!室井さん それは違う。俺達は違う。
会いたい、話がしたい。遠くで真下の情けない声が聞こえた。止めようったって止まらない。俺は夢中で廊下を走り抜けた。
「新城さんも、室井さんの事心配してんだなぁ・・ま、誰でも心配したくなるだろうけどね」慌てて走り去った青島の後ろ姿を見送った後、メール画面をふたたび見直して 真下は同情なんだかどうなんだか判らない嘆息をひとつ。

「室井さん!」
勢いこんで走りこむ、角をまがったところで室井さんを見つけた。息が上がる。
予期しない所で青島に呼び止められて、室井は目を向いて止まった。全速で走ってきたのか、青島は加速がとまらないまま 室井を巻き込むかたちで壁にぶつかって止まった。
「・・・っ!」
これは、交通事故みたいな物かもしれない、突然ぶつかってきたトラックを避けきることができなくて負傷する。予想もしてない強い力が突然ぶつかってきて室井は受け身もとれず背中を強かに打った。
ただ頭だけは、助かった。彼が、青島が抱え込むようにして守ってくれたから・・。
青島が愛用している煙草の匂いがする。

「・・何だ・・おまえは・・・。」
抱えられた腕を振りほどくようにして押し返した。
「あの、俺の話!聞いてくれませんか!」
青島はかがみこみ、自分より一回りは小柄な室井の両肩を掴みその目を覗き込む。
反らさない瞳。
間近にみる青島の顔に室井は少しだけとまどった。いつもへらへらと締まらない顔をしているから、時折見せる真剣な眼差しに、つい目を奪われがちになる。
「今、忙しいんだ・・後にしてくれないか。」
室井は慌てて青島の腕を払いのけてその場を去ろうとする。
自分はどうしてしまったのか、青島の顔を思いもかけない距離でみて平静でいられなかった。
見てはいけないと止められた物を覗いてしまったような、背徳ともいえる後ろめたさ。やけに鼓動が早くなって落ち着かない。
たかが一介の所轄の刑事一人に何を狼狽えているんだ!
誰も言葉とも思えない言葉をひたすら自分に言い聞かせて、コントロールする。
まともに青島の顔をみることができない。

「室井さん!まってくださいよっ!ちょっと」
俺の腕を振払って、逃げるように顔を背けて去っていこうとする。
逃がさない。
この人は言葉で言わないと、行動でおこさないと逃げてしまう。
そして、逃げたらもう二度と戻ってはきてくれない。
そんな気がする。

「所轄が何をしている!」
「・・!」
去っていこうとする室井さんの影から新城さんの姿が見えた。思わず掴んでいた手を緩めてしまった。室井さんは行ってしまう。振り向かない。
「室井さん!」
「青島!自分の立場を わきまえろ!」
新城のするどい声が青島の動きを止めた。
「俺の・・立場・・?」
「ここはおまえのいるべき場所じゃない。帰れ」
新城の突き放すような物言いに青島は頭の奥で何かが切れる音を聞いた。

「それは、どういう意味ですか?新城サン」
室井の去っていった方ばかりを向いていた青島は新城に目線を向ける。
そのひどく凶悪とも言える目線に、新城は次の言葉がいえなくて凍り付いた。
青島は、いつもの健康そうな褐色の肌に暗い影を落とし、犯罪者が闇で獲物を狙う時のような鋭い目線と威圧感でもって、新城に一歩近付く。
思わず一歩退いてから、新城は激しく後悔した。
ここで下がってはいけなかった。青島の顔に歪んだ笑顔が浮かぶ。新城が退いた事で、精神的に優位にたったのだ。
「新城さん、あんたにね、何が判んの?」
「・・・。」
更に青島は近付いてくる。今度は新城も負けない。意地でも動かないつもりで青島を睨み付ける。
更に、一歩。新城の視界には青島の顔以外は見えない。
歯を食いしばり、両手の拳を強くにぎりしめて新城は耐える。
暫くにらみあっていると、突然青島が肩を震わせて笑い出す。
低い底からくる笑い・・あまり・・気持ちのいい笑いではなかった。
一通り笑いがおさまったら、シニカルに顔を歪ませて新城から離れる。

「守ってばっかのアンタにはね、何も出来ないですよ」
青島は、もう新城には目をやらず去っていった。

残された新城は体中に脱力感と目眩を覚えて壁に背を付いた。
握りしめていた拳をとくと、指先に痺れるような痛みを覚えて、笑ってしまう。
自分は何をやっているんだか。
青島相手にムキになって・・・。


序章
その1「わかれる道」
その2「伝わらない言葉」
その3「踊り続ける人形達」
その4「届かない」
その5 「遠いまぼろし」
その6 「虚像の願い」
その7 「背徳と事件」
その8 「夢を見るなら、良い夢を」
終章