7.人の目と機械の目     7.1 錯視

7.1 錯視

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 明るさの知覚に関して重要なことは、人の視覚系(感覚系)にはわずかな刺激強度(明るさ)の変化を強調して知覚するための仕組みがあることです。これを側抑制と言います。On-center型は正刺激(明)に対する反応、Off-center型は負刺激(暗)に対する反応を指します。光刺激の空間的・時間的変化を検出しやすくするためにエッジ強調を行います。また明度と彩度の類似した色が隣接するとコントラストが弱く感じられ、その境がハッキリしなくなります。右図のように色の異なる境界に線を引くと、それぞれの色がハッキリ見えるように感じます。これがセパレーション効果です。
 黒のように明度が低い色のシマ模様では、間の色は黒ずんで見え、白や黄のように明度の色のシマ模様では、間の色が明るく見えます。このように暗色や明色に同化する見え方を「ベゾルト効果」とい言います。
 明度の類似した色の組合せた場合には色の対比が目立ちにくいことが多く、対比を明瞭にするには、隣り合う色との明度対比に注意する必要があります。高明度の白や黄と、低明度の黒や青が隣接すると、境界はよく目立ちます。赤と緑の場合など明度の類似した隣接部分に白や黒の輪郭線を引くことによりセパレーション効果が表れることを利用することにより、目立つ配色にすることもできます。
 隣接する色の明度が規則的に変化していくと、明るい色との境界に暗いバンド、暗い色との境界に明るいバンドが見えるなど、境界部分が特徴のある見え方をします。これは、マッハバンドと呼ばれる現象です。明暗を交互に繰り返した配色では、マッハバンドは見られません。
 右図のように、黒字に白十字のある模様をハーマングリッドと言います。この場合、白線が交差しているところに黒い影が見えるように感じることがあります。模様のサイズはヒトにより感じ方は異なりますが、この現象はハーマンドットと呼ばれています。
 右図のように格子模様の交差部分の線がない場合に、その空白部分が特に明るく、丸く見えるような気になります。この効果をエーレンシュタイン効果と言います。エーレンシュタイン効果がみられる空白領域を薄い線でつないだ時に、丸い形に色が付いて広がって見え、ネオン・カラー現象と呼んでいます。
 右の二つの図は同じサイズの模様で、境界線の色のみが異なった図形です。格子状の領域がはっきりしている場合には、十字線の中間部分の白い領域を境界線に囲まれた四角い領域と感じることもあります。
 以上が大まかな錯覚の現象を述べました。錯視により実際の状態とは異なる思い込みをし勝ちなことが、人の視覚に関して注意すべきことです。視野の中の明暗の微小変化を局所的に検出・強調するメカニズムや色彩の対比に対する調節機構(色順応)などが発達しており、実際の色と模様に対して生活するのに好ましいと考えられる解釈をしてしまうために、錯視・錯覚が生じやすいことなどの弊害もあります。また、明るさの変化に対する調節機構も重要な機構です。反応時間に問題はあるものの、非常に広い明度範囲で知覚できます。最近ではカメラも感度が高くなったことと明るさの変化に対する調節機構が発達してきたこと、及びビッグデータへの機械学習技術の急速な進展から、機械の方が優秀にはなっています。

 人の知覚の優秀なところは、一瞬の内に全体の特徴や規則性・複雑性などを判断できるところです。以下に最近読み込んだ関連書籍を列記します。
・奇想天外な目と光のはなし 入倉隆 雷鳥社(202203) ISBN 978-4-8441-3784-9 ・ヒトの目、驚異の進化/ 視覚革命が文明を生んだ マーク・チャンギージー 柴田裕之/訳 ハヤカワ文庫NF(202003) ISBN 978-4-15-050555-4
・スポーツ選手なら知っておきたい「眼」のこと / 眼を鍛えればうまくなる, 石垣 尚男, 大修館書店(201502), ISBN 978-4-469-26770-9
・意識と脳/思考はいかにコード化されるか, スタニスラス・ドゥアンヌ, 高橋洋/訳, 紀伊國屋書店(201509), ISBN 978-4-314-01131-0
・脳の意識 機械の意識/脳神経科学の挑戦, 渡辺 正峰, 中公新書(201711), ISBN 978-4-12-102460-2
・脳はいかに意識をつくるのか/脳の異常から心の謎に迫る, ゲオルク・ノルトフ, 高橋洋/訳, 白揚社(2016.11) ISBN 978-4-8269-0192-5
・あなたの脳のはなし/神経科学者が解き明かす意識の謎, デイヴィッド・イーグルマン, 大田直子/訳, 早川書房(201709), ISBN 978-4-15-209706-4
・激情回路/人はなぜ「キレる」のか, R.ダグラス・フィールズ, 米津篤八, 杉田真/訳, 春秋社(201708), ISBN 978-4-393-36548-9
・動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか, フランス・ドゥ・ヴァール, 松沢哲郎, 柴田裕之/訳, 紀伊國屋書店(201709), ISBN 978-4-314-01149-5
・羽/進化が生みだした自然の奇跡, ソーア・ハンソン, 黒沢令子/訳, 白揚社(201305), ISBN 978-4-8269-0169-7
・鳥たちの驚異的な感覚世界, ティム・バークヘッド, 沼尻由起子/訳, 河出書房新社(201303), ISBN 978-4-309-25278-0
・乱交の生物学/精子競争と性的葛藤の進化史, ティム・バークヘッド, 小田亮, 松本晶子/訳, 新思索社(200307), ISBN 978-4-7835-02
・セックス・イン・ザ・シー/私たち人間と、性転換をする魚、ロマンチックなロブスター、変わった性癖のイカ、そのほか海のきわどいエロスとの密接な関係, マラー・J.ハート, 桑田健/訳, 講談社(201708), ISBN 978-4-06-258659-7

次ページ   2014.10.10作成 2022.5.4改定

小川技研サイト
錯視に関する書籍

意識に関する書籍が最近多く出版されており、読み込むうちに昔の書籍も読み返す必要が出来ました。それらを本文末尾に掲載しています。
以下は以前の推薦リスト
・眼と精神, M.メルロ・ポンティ, 滝浦静雄, 木田元/訳, みすず書房
・見えるものと見えないもの, M.メルロ・ポンティ, 滝浦静雄,木田元/訳, みすず書房
・生態学的視覚論/ヒトの知覚世界を探る, J.J.ギブソン, 小崎隆/訳, サイエンス社
・野性の知能 / 裸の脳から、身体・環境とのつながりへ, ルイーズ・バレット, インターシフト
・プルーストの浜辺 / 『失われた時を求めて』再読, 海野弘, 柏書房
・新・脳と心の地形図 / 思考・感情・意識の深淵に向かって, リタ・カーター, 原書房
・脳の歴史 / 脳はどのように視覚化されてきたか, カール・シューノーヴァー, 河出書房新社
・視覚の文法 脳が物を見る法則, ドナルド・D.ホフマン, 紀伊国屋書店
・光と色彩の科学 / 発色の原理から色の見える仕組みまで, 齋藤勝裕, 講談社ブルーバックス
・青の物理学 / 空色の謎をめぐる思索, ピーター・ペジック, 青木薫 /訳, 岩波書店
・錯覚の科学 / あなたの脳が大ウソをつく, クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ, 文藝春秋
・越境する脳 / ブレイン・マシン・インターフェースの最前線, ミゲル・ニコレリス, 鍛原多惠子 / 訳, 早川書房
・気分と認知 / 制限時間による情報処理過程の検討, 野田理世, ナカニシヤ出版
・顔を科学する / 適応と障害の脳科学, 山口真美, 柿木隆介 /編, 東京大学出版会

無意識・思い込み

・「激情回路」は、人類進化の旅筋をたどり、本能とその抑制を支配する脳内のミクロな神経細胞の動作を神経科学的に解説
・「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」,「羽」,「鳥たちの驚異的な感覚世界」,「乱交の生物学」,「セックス・イン・ザ・シー」は、工学系の人に是非読んで頂きたい書籍
・ミクロ精密計測技術、DNA解析技術、機械学習技術などの急速な進歩には目を見張ります。若い頃は今西学派文化人類学系の書籍が一番違和感のない分野でした。脳への電子回路系の取り組みには胡散臭い感じがぬぐえませんでした。最近の書籍は分野横断的な解説が豊富に記載されていて、なるほど、そうだったのか、と納得できる記載が多く感激ですが、なかなか身につきません。