9.GMA溶接現象の解析

9.3 時間挙動の解析

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 前節で液滴領域を抽出するための閾値の求め方を紹介しました。本節では液的の時間的挙動を理解するのに必要な物理量に関して説明します。物理的時間挙動を理解するには、(1)大きさと重心位置、(2)形状や明るさなどの物理量を知る必要があります。高速度ビデオデータはX軸とY軸でメッシュ状に区分された領域に明るさデータ(輝度値)が記録されています。
 人間はその画像をぱっと見て、全体の特徴を理解することができます。計算機による画像データの理解は、原則逐次的な処理となります。右図に画像データを処理する対象と物理量のポンチ絵を示しています。
 液滴はワイヤ先端が溶融し、その溶融量が増加して大きくなり溶的をワイヤ先端で保持できなくなったときに離脱し、母材へと飛行していきます。原則、上から下への移動となります。画像データの走査は、最初に左から右へと1行分のデータを処理し、次に下から上へと各画素の値を読み込んで処理をしていきます。以下処理手順ごとに順を追って説明をします。この節ではとりあえず液滴を輝度値130以上の領域とみなして計算を行い、単純に閾値処理のみで判定した場合の問題点についても言及します。
1)各水平軸上の液滴の物理量計算
 左から右へ閾値以上のデータがあるかを探していきます。映像データは実際の映像をイメージセンサの画素毎にA/D変換して、カメラ固有のデータ深度の値で保有しています。データ深度が1バイトの場合には0から255までの値となります。図面上では青枠に囲まれた画素が閾値以上のデータとなり、この画素に到達すると、まず探し当てた順番(各行での順番)を記録します。次にその座標位置を記録します。さらに右方向へと走査を行い閾値以下の画素に行き着くとその座標位置を記録します。その間各画素において、最大値とその座標位置、明るさの和、明るさと位置座標の積和、明るさの二乗和を計算し、閾値以下の画素に到達した時点でそれらの情報を記録します。更に右端まで走査し、次に閾値以上の画素が存在すると同様な処理を行います。
 更に下から上へと次行に移動して同じ操作を実行し、上端行までの走査が終了すると、画像データ上の処理は終了です。
2)各液滴の物理量の計算
 ここから以降の解析は、画像とは無関係な数値データの解析になります。最下段の行を0、最上段の行をny-1とし、上のセッションで取得したデータをhy[j][i]と定義します。jは[0,ny-1]で鉛直軸のデータ番号、[i]は上のセッションで求めたj行目の液滴物理データです。hy[j][0]にはi行に液滴が存在すれば1、存在しなければ0の値が格納されています。走査をすすめてj行目に1があればその行が液滴の最下段になり、次にhy[jn][0]の値が0になるまでの行をチェックして、その液滴が存在する最上段の行番号が分かります。hy[j][i]のiの配列データ8個には、その液滴が存在する左端や右端の情報及び計算に必要な物理情報全てが格納されているので、液滴の面積、幾何学的重心、輝度の総和、際高輝度の値と位置情報、輝度を指数とした重心などを計算することが出来ます。

[Y], order, left, right, width, peak, x_max, meanB, Gx, rms
187,   1, 182, 191,   9, 133, 185,  132, 186, 132
188,   0,  0,  0,   0,  0,  0,   0,  0,  0
−−−
371,   0,  0,  0,   0,  0,  0,   0,  0,  0
372,   1, 156, 162,   6, 138, 158,  134, 158, 134

 上の4行はこの節での計算に使うデータ配列の例です。実際には平均値などを計算する前のデータが入っていますが、ここでは説明のために平均値などに変換した値を入れています。187行目が最初の液滴の最上段、372行目が次の液滴の最下段となります。現在対象としている液滴移行現象は比較的単純な楕円形です。
 ここでの判断プロセスでは、液滴領域の計算に必要な物理量を右図に示す変数で計算し、その変数の最初の配列変数に領域の番号を割り振っており、その数値を参考に同一の液滴か否かを判断しています。液滴の番号付けはそれなりに手間のかかる処理になります。ここでは、解析手法の大体の傾向を理解しつつある段階ですから、簡易的に処理をしています。
 右図に各液滴中心の鉛直座標が時間によりどのように変化するのかを示しています。赤色で示してあるのが、液滴内部で最高輝度となっている座標、青色で示してあるのは輝度による重みをつけた幾何学的な中心座標です。液滴(溶融金属)がワイヤ先端に留まっている場合には、際高輝度を示す座標はアークが存在する先端側に存在し、プラズマ内を飛行して母材側に飛行しているときには幾何学的中心より最高輝度がワイヤ側に存在することが分かります。
 人がこの図を見れば、青印の点が密集して傾きが小さい領域では液滴がワイヤ先端で成長している状態、角度が大きく偏向して間隔が開いている状態が液滴が先端から離脱して落下飛行していると即座に判断できます。同時に落下直前に輝度の高い位置が上方に遷移していることを認識できます。
 右図は水平方向の移動の軌跡を示した図です。溶滴は鉛直線に沿って真下に落下するのではなく、左方向に逸れて飛行をし、液滴の輝度中心より最高輝度位置が左に存在しています。水平方向位置が160程度のところで時間に平行に輝点が存在しているのは、ワイヤ先端の溶融金属がそこに存在しているためです。液滴がプラズマ空間を飛行しているときには最高輝度位置と幾何学的輝度中心とはほぼ一致しています。液滴がワイヤ先端にある場合には、幾何学的輝度中心付近に存在し、最高輝度位置はワイヤ中心より左側にずれています。
 右図に鉛直−水平方向の軌跡を示します。水平軸と鉛直軸の倍率が異なるため、非常に大きく横方向に逸れているように見えます。この図では、液滴飛行経路の大まかな全体的挙動を把握理解することを目的として多量のデータを記載しています。液滴の飛行経路と速度などを精確に算出するためには、各液滴毎に表示すれば分かりやすくなります。
 右の図は液滴の輝度が飛行中にどのように変化するのかについて示しています。液滴領域の平均輝度は比較的ばらつきが小さい状態で母材に接近するにしたがって輝度が低下しています。液滴内部の最大輝度はばらつきが大きいものの同じ傾向を示しています。液滴と背景のアークとを峻別する閾値に130を用いているために、この閾値130近辺でのデータ変動は本質とは無関係になります。
 この時点では液滴挙動の大まかな傾向を調べるために単なる閾値で計測し、液滴の輝度もそのままの値を用いています。以後の詳細な解析を進める過程で、液滴の輝度は液滴本来の輝度と周囲のアークによる輝度の和が得られており、周囲のアーク光の寄与を除去すれば液滴本来の輝度は落下が進行すると共に増加していることが分かりました。詳細については「9.8 液滴飛行挙動」
の節で紹介します。
 右図に鉛直方向の位置と検出された領域の大きさとの関係を示します。この図では、右側が電極ワイヤで左側が母材(実際には熱量計の開口領域)になります。左側の開口領域ではその中に溶滴が突入することから見える面積が小さくなるために直線的な減少をしています。右側のワイヤ領域では液滴が離脱した直後に先端部は上方へ移動するため及び先端から離れるほど温度が低なりく輝度も低下するために急激に減少します。
 時たま液滴が通常より大きく成長することがあり、この図でも3点大きく成長していることが分かります。ワイヤから離脱した液滴はサイズを減少させながら下方へと飛行していることが図から判別できます。実際に液滴サイズが減少しているのか、あるいは判別するための閾値を固定していることによる現象化は、この図だけでは判別できません。アーク情報領域の上半分の領域では液滴サイズの小さいものはさほど多くはありません。しかし、半分以下の低位置になると微小なサイズが多く発生しています。これもアーク領域成分を液滴として計数している可能性があります。図中に赤色の線で区切った分類(B1−B6)は今後詳細に解析する際に分けて解析した方が良いと判断している領域です。
 右図は鉛直方向の位置により液滴の最高輝度と平均輝度がどのように変化しているのかについてプロットした例です。電極先端部に近づくにつれ電極は明るくなり、液滴が成長するのに伴い輝度が高くなり、先端領域での表面張力と液滴重量との関係で重量が大きくなった時点で離脱します。液滴がワイヤに接続されている場合の方が輝度(温度)が高く、離脱した液滴の輝度は低下し、低い位置に移動するに伴って輝度が低下する傾向を示しています。ピーク値が低下する傾向を示しているので、液滴温度が低下していることは間違いないと考え勝ちとなります。実際には周囲のアーク輝度が減少しているため、その影響を強く受けています。
 右図に液滴サイズと液滴の輝度との関係を示します。右図は液滴サイズを通常のデカルト座標で表示し、右下の図は液滴サイズを対数で表示しています。通常の座標系と対数座標系とではデータの配置傾向が大きく変化するため、如何なる座標系を選択しているのかを強く意識していないと誤解を生じる可能性があり、注意が必要です。
 液滴の大きさと平均輝度とはある程度密接な関係がありそうです。感覚的には液滴粒子サイズが小さいほど温度が高いことが通常と考えていますので、サイズが大きいほど輝度が高くなることには若干の違和感を感じてしまいます。
 液滴サイズと表現していますが、これまでの図に表示しているデータ全てが本当に液滴に対応しているのか否かについては、ここまでに表示した図のみでは判別できません。
 右下の図に液滴領域の最高値と平均値との関係を示します。当然のことながら平均値は最高値よりも小さいこと、最高輝度の増加分の約半分程度の増加傾向を平均値が示すことぐらいが判別できる程度で、この図でも、あまりはっきりしたことは分かりません。
 以上示してきたデータから分かることは、
(1)液滴がワイヤ先端で成長する時間帯、
(2)離脱する瞬間前後の時間領域、
(3)完全に離脱して母材側に飛行する前半分の領域での飛行状態、そして
(4)アークプラズマ空間の下半分での飛行状態
の4領域に分割してデータを解析することが好ましいことです。
 以上、4つの状態に分類しましたが、実際の解析は前述した6分類に分けて解析するのが好ましいとここまで解析を進めた時点で考えていました。解析すべき対象のデータの特徴により解析手法自体が異なりますから、画像データを解析するためには、対象となる画像データの性質を知ることが必要です。本章では、溶接アーク現象に応用するのに適した画像処理手法を紹介することが主眼なので、大まかな説明をしています。次項以下ではアーク溶接現象に適した解析手法を考えていきます。

次ページ   2017.7.1作成 2017.7.20改定

小川技研サイト
液滴領域の同定

・通常の画像処理では、対象となるグループに番号を割り振る処理をして、一つの液滴か異なる液滴かを判断する。GMA溶接の液滴移行現象では形状は比較的単純な球形であり、各行の計測データ内に対象物の左端と右端の座標を含んでいるため、対象とする物理量が一つ下行のデータと同じグループに属するか否かを容易に判断可能。