12.放電加工


12.3 実際の加工

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切れ味
 一般の工作機械では、金属に孔をあける場合、より硬い金属で作ったドリルを使います。切れ味が良ければ早く、悪ければ遅く送りこむ必要があります。いくら硬い金属で作ってあっても、孔あけ作業により工具にも磨耗がおき、切れ味は悪くなります。手動では切れ味により調整出来ますが、自動の場合は切れ味検知が困難で、自動化には障害が多くあります。結果的に、無人化と引き換えに、効率、運転コストがかかることがよくあります。
 放電加工の場合、電極の磨耗は起きて変形もします。しかし、電極の変形が起きても理論上「切れ味」には変化がありません。放電による非接触加工ですから、形成される孔は電極より大きな孔になります。ドリル工具の場合は、工具と同じ大きさの穴があきます。放電加工の場合、放電が起きやすく絶縁が回復しやすい隙間を保つために、両極間の電圧を検知して制御されます。送り速度も自動的に決まります。つまり加工が進めば間隙が広がるので電極は隙間を狭めるために先へ進みます。これは、マスターの大きさに関係無く設定され、実際のマスターの送り速度は、大きさによって自動的に変化し、人為的に設定を変える必要がありません。汎用放電加工機でも理屈は同じで、マスターの送りこみ速度が自動的に決まります。加工原理そのものが自動化に向いています。
金属の加工エネルギ密度  放電加工の電極には、銅、グラファイト、銀タングステン、銅タングステンを電極プラスにして用います。加工する材料は、鉄鋼、アルミニウム、亜鉛、黄銅などです。右図に、各種鋼材の熱伝導率と融点の積に対して電子ビームを照射して穴をあけるのに必要なエネルギ密度をプロットした例を示します。電子ビーム照射のエネルギ密度は、局所的な蒸発を起こすのに必要なエネルギ密度です。実際に穴を開けるのに必要なエネルギーは、蒸発点まで引き上げるエネルギーと温度上昇の過程で熱伝導により損失するエネルギーの和となります。熱伝導率と融点の積で、大雑把な必要かこうエネルギの見積もりが可能となります。実際の加工では様々な因子が作用し、加工効率は条件により大きく変化します。定性的には熱加工のしやすさは、「熱伝導率×融点」で算定できます。
放電の発生と絶縁の回復
 電極と加工材料とは絶縁液で隔てられており、その間には電位差があります。間隔が近づくと電子が放出され、極間にはイオンが発生し、電気の流れる道ができ一気に放電が起きます。放電が起きると電位差は0に近くなり、電極間隔を広げるサーボが作動します。実際の運動にはタイムロスがあり、イオンが残存している状態で次ぎの電圧がかかると放電は連続となりアーク放電になります。このアーク放電を防ぐためには、短時間での絶縁回復が必要となります。そのために、極間の間隔を広げるだけでなく、極間にあるイオンおよび浮遊している加工屑を排除するために、絶縁液を絶えず流しています。
 一般に、極間の電圧が高い状態でサーボを働かせると、放電の起きる間隔までの接近速度が遅くなり、切断速度は遅くなります。一方その逆では、放電発生が早くなり、切断速度も上がりますが、絶縁回復が遅れアークが発生し易くなります。極間の電圧はパルス状に断続してかけますが、その休止時間が絶縁回復の時間になります。アークが発生し易ければ、休止時間を延ばせば良く、延ばしすぎると放電発生までに無駄時間が生じ加工時間が長くなります。
 加工液に絶縁回復を早める処理を施し、NC放電加工機の揺動装置と組合せることで、強制的に液の流れを起こす噴流を極めて弱くした「無噴流加工」という方法も開発されています。ただし、極間距離の拡大に遥動を利用するため、電極に比べた加工穴の拡大率が高くなります。電極に近い転写には拡大が少ない方が良く、その意味では転写精度は落ちます。ただし、噴流による液の渦や淀みが及ぼす影響は少なくなります。つまり、極間の電圧制御と休止時間の設定が、放電加工精度を高める第一条件です。 切削屑の除去

液の流し方
 電極形状は任意に作成できますが、それによって液の流れが変わり、淀みや渦が出来ると、イオンや加工屑が円滑に排除できず、アークの発生や加工屑を介しての二次放電が生じ、マスター形状にない窪みが出来ます。したがって、そのようなことに留意した液の流れをつくることが、上手に放電加工を行う上で最も大切なことです。アーク切断の場合には、切断屑個々のサイズが大きく、排除過程で急速冷却凝固した塊がいたるところで二次放電を起こしてしまいます。また排出過程で、加工材に固着する場合も多く、切断屑の有効な排除法については頭を悩ませていましたが、これは!と言う解決法を見出すまでには至りませんでした。NC放電加工機の出現で、総型マスターを分割しても自動的に目的の型が作れるようになってからは、マスターの分割は、作りやすさだけでなく、液の流れを配慮した分割もまた大きな意味を持ちます。

長時間無人運転
 放電加工は、他の機械加工と比べて加工速度が遅いことから、補助的な機械と位置付けられていました。金型加工でも構造部分の加工には今でも使われません。最初は型の成型部分だけに、しかも、他の機械で加工出来ない部分の加工が主な目的でした。その上他の型彫り機械の高性能化で、放電の用途は狭まるかに見えました。
 絶縁液の主成分が灯油であることから、火災も多数発生しました。したがって設置基準もうるさく、また新しい原理の機械ということで価格も割高でした。しかし、電極やワークの自動交換システムの発達、安全性の向上などにより、長時間の無人運転が可能になり、加工条件も、プログラム加工で、非熟練者にも使いやすくなったことから、加工速度の遅さをカバーする用途が生まれてきました。最初は総型を上から落としていくだけの機械だったのが、横、斜め回転とさまざまの加工が出来るようになっています。しかし、仕様によっては、制限もでてきます。しかもフル装備だと価格が上がり、使わない機能が多いなど無駄も出てきます。EDM_mildsteel_7mmt使用目的に合致した機械仕様であることが上手に使いこなす一つの条件でもあります。
 右の写真は、板厚7mmの軟鋼をワイヤ放電加工で切断した一例です。表面切断溝、切断側面、裏面溝、右端は切断面です。
EDM_SUS304_6mmt 右の写真は、板厚6mmのSUS304をワイヤ放電加工で切断した一例です。表面切断溝、切断側面、裏面溝、右端は切断面です。
EDM_Al_8mmt 右の写真は、板厚8mmのアルミニウムをワイヤ放電加工で切断した一例です。表面切断溝、切断側面、裏面溝、右端は切断面です。
uc_c305_EDM_Mg_alloy_2.5mmt 右の写真は、板厚2.5mmのマグネシウム合金をワイヤ放電加工で切断した一例です。表面切断溝、切断側面、裏面溝、右端は切断面です。表面の機械加工面より平滑なことが分かります。
uc_c305_EDM_Mg_alloy_2.5mmt 右の写真は、NC制御により様々な形状の部品を切削して切り出した例です。ぴんと張った線を用いて切削しているために、形状に幾何学的な制約は存在するものの、様々な形状の部品を製作できることが分かります。非常に細い電極を使用しているため、上下のボビンでタイトに引っ張っていないと、変形が生じます。そのため、最初は側面から切り込んで製作する必要があります。

次ページ(13.参考文献)   2013.11.25作成 2017.11.11改定

水中技術 目次
水中切断 目次
放電加工の感想
・1970年代後半から放電加工には注目をしていました。電極の極性で消耗状態が大きく異なる、と、報告されていたからです。
・水中でアーク切断実施でも、極性の差は微妙に存在しました。放電加工の報告ほどの大きな違いは、認められませんでした。切断機構に興味はありましたが、放電加工の加工速度が段違いに遅いということもあり、手を出す気はおきませんでした。
・切断溝幅が非常に細いという点には注目していて、原子炉の解体には向いているのではと思っていました。
・1995年にドイツの廃炉解体研究の一環で、放電加工を実際に目にする機会がありましたが、やはり加工速度に落胆しました。
・その後、高速度ビデオの観察などで、様々な放電機構について目にする機会が増え経験をつんだ現在でも、研究対象としては興味深いものがあると考えています。
放電痕跡
・液中放電や過渡現象に関する学際的な論文査読を、溶接だけでなく電気や金属など様々な学会から多く依頼されてきました。依頼されたことは原則断らない主義が災いしています。結構気を使いますが、新しい知識を売るための勉強にはなりました。
・最近は高速度ビデオで多くの放電過程を観察していますので、過去に査読した論文の内容を思い返すことも多くあります。
・ 絶縁破壊による気化と熱膨張でプラズマとその周囲のガス成分は急激に膨張します。昔溶極式アーク切断の高速度撮影をしていたときに、切断部を水槽ガラス面に近づけ過ぎて水槽を破壊したこともあります。また、水面に浮上する気体を捕集し、集めた気体に火をつけて遊んでもいました。一定時間放置すると水蒸気の多くは液化し、集めた気体中には水素と酸素成分が相対的に増加し、爆発しやすくなります。
・絶縁破壊直後、気化成分とプラズマは短時間(μsオーダー)で膨張し、アノード、カソード及び極間領域は完全に乾いた状態になり、アノード領域の一部は液化・蒸発して放電痕が形成されます。
・加工材料の溶融除去過程は時間的にプラズマの膨張より遅れるため、プラズマ径と放電痕の大きさとが一致することは余りありません。このコメントは昔は難癖と嫌われていましたが、最近では納得してもらえるようになりました。
・絶縁破壊が起こる領域も運任せになるということもなかなか了解してもらえませんでした。常識的には至近距離もしくは先端鋭角部分で絶縁破壊すると考えられていますが、実際に観察した限りでは、とんでもないところで絶縁破壊することがほとんどです。
・一旦絶縁破壊が生じるとその近傍で絶縁破壊することは多くなり、一定程度空隙が生じるとその他のところで絶縁破壊するため、長時間の放電では全体的に均一に溶融除去されます。
電極の極性
・型彫り放電加工の荒・中加工では電極プラスの条件が採用されています。油中放電ではカーボンが熱分解されイオン化しプラス電極表面に付着します。放電パルス幅が長い荒・中加工では付着量が多くなり、電極消耗が少なくなります。仕上げ加工で極性を入れ替えることにより、電極に付着したカーボン膜の除去も同時に行えます。
・水系加工液のワイヤ放電加工では、電極をマイナスにして、電極消耗を小さくします。
・絶縁破壊直後に大電流が発生すると電極消耗が大きくなるため、スロープ状に電流値を抑えます。