GTA溶接後の電極状態

1.GTA溶接後の電極状態に及ぼすアークプラズマ環境の影響

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 右図にアークを所定時間発生した後の典型的な2%トリア入りタングステン電極のSEM写真を示しています。写真中の記号は大まかな領域分けを示しています。厳密には電極の種類と形状、シールドガス種類と流量、アーク持続時間などにより、分類すべき領域は異なります。
(A)の領域は電子が放出されるのと同時にアークプラズマ(陰極シース)からイオンや原子が突入してくる領域です。主な電子放出領域はこの領域の内、先端近くの比較的狭い領域に集中します。このため、(A)の領域の上部と下部とではかなり様相が異なります。
(B)の領域はプラズマから高温原子が突入する領域で、表面形状は比較的変化が少ない領域です。
(C)の領域は通常リムと呼ばれるタングステン原子が電極表面に衝突してデンドライト結晶が成長する領域です。
(D)の領域は表面的な物理・化学的変化があまり見られない領域です。
(E)の領域は内部のトリア(酸化トリウム)が表面に析出し、周囲のタングステンと酸化還元反応を生じ、溶融した一部の酸化トリウムと酸化タングステンとが電極先端領域へと移行を始める領域です。先端領域への移行の途中で酸化タングステンが蒸発し、電極表面から離脱します。蒸発した酸化タングステンの多くは高温のプラズマ空間で解離し、解離したタングステン原子の一部は(C)の領域で電極表面に衝突しデンドライト結晶を成長させます。
 電極内部を流れる電流によるジュール加熱で電極温度は上昇します。同時に周囲のプラズマから高温の粒子が電極表面に衝突し加熱されます。周囲に電離度の高いプラズマが存在する領域(A)では、イオンが衝突して電極表面を加熱すると共に、電極成分の蒸発・昇華や電子の放出による冷却効果が存在します。
 プラズマの教科書には、陰極表面にはプラスイオンのシースが存在し、この陰極降下領域で強い電界が生じ電極表面からの電子放出を助けると書いてあります。この静的な表現で誤解している人は多いと思いますが、個別のイオンはシースに留まっているわけではなく、シースに存在するほとんど全てのイオンが電極表面に衝突します。この領域においてもイオン化されていない原子の数の方が多く、高い熱速度で3次元的に運動をしており運動次元を考慮すると、全原子の約1/6の原子も電極に衝突しています。一方、陰極から脱出した電子の熱速度は非常に小さいのですが、イオンにより生じている強い電界に加速され、プラズマ内部へと飛行をします。シースの厚みと電子の平均自由工程とを考えると、このシースに存在するイオンは三極電子管の網目電極とほぼ同じ機能を発揮し、このシース内部でイオンと再結合する電子はほとんど無く、ほぼ全ての電子が急速加速されてプラズマ空間内へと飛行していきます。陰極表面から離脱した瞬間の電子の熱速度はほぼ陰極表面温度程度に過ぎないのですが、シース内部の電界による加速で急速に加速(昇温)され、プラズマ内部での衝突により方向性がなくなることにより文字通りの熱速度へと転化されます。その過程で原子をイオン化する電子も存在することに留意する必要があります。
 アーク電流に寄与するイオンの割合は数パーセントと電子に比較して非常に小さい値とされています。しかし、ものの見方は色々で、熱速度を比較のものさしにすると、イオンの寄与度は非常に高いと私は感じています。電流値の数パーセントに当たる量のイオンは確実に陰極(タングステン電極先端領域)に衝突しており、その数倍以上の量の原子も衝突しています。原子の場合にはほとんど弾性衝突で跳ね返るためエネルギ授受にはほとんど影響しません。イオンが衝突する場合には、電子を電極から受取って反発する非弾性衝突となります。
 下に4種類の動画を示します。シールドガスはアルゴンに2%の酸素を添加し、電極表面で酸化反応が生じやすくしています。左側の2枚の映像は同じ放電の状況で、擬似カラー表示で輝度の違いを強調しています。電極周囲に高温のプラズマが存在すると、電極表面に存在する酸化タングステンと酸化トリウムは溶融し電極表面に広がり、一部は蒸発し、高温雰囲気中で解離したタングステンが電極近くで衝突してデンドライト結晶として成長します。
 右の2枚は電極先端部をアルミに突き刺し、アークを極力抑えて電極表面に高温のプラズマが存在しないようにしています。この場合には電極の方が周辺ガスより温度が高く、溶液内部で蒸発した酸化タングステンが溶液膜内で大きくなり、風船のように膨らんで破裂する様子が撮影されています。

Typical cleaning action at arc ignition stage
1)RIM growth 2)Wet surface 3)no arc 4)molten flow

 アークによる高温ガスにさらされていない短絡状態では、酸化トリウムや酸化タングステンは粒状の液滴として電極先端部へ異動し、途中の電極表面温度により一部が蒸発しサイズが小さくなります。アークの有無により電極表面での酸化物挙動の違いを理解する目的で、2枚の動画を同時に再生するように処理した映像で、周辺プラズマ温度の影響を観察してください。
 右の映像は放電初期の不安定アークの例です。電極側面には前回発生させたアークによる高温の影響で側面部にある程度の量の酸化トリウムが析出しています。電極温度が低い状態では、仕事関数の低い酸化トリウムが多く存在する領域で陰極点が準安定的に発生します。トリアは電極表面に析出しているので、との突起部分には電界強度が高くなっていることもあり、絶縁破壊も生じやすくなります。
 通常はタングステン電極は非消耗電極として扱われていますが、私の興味の対象の一つである水中溶接ではタングステン電極の消耗が大きな制約条件の一つとなっていました。そのこともあり、アーク溶接中の電極の物理・化学的反応を知りたいとの希望はありましたが、現実的にそれを理解するための実験手段と力量が無く手付かずの状態でした。STA制度で西安交通大学の楊教授を受け入れたことにより、理解するための情報がある程度入手できるようになりました。まだきちんとまとめ切れていませんが、ある程度系統的に整理した情報から公開します。とりあえず、この節では典型的な電極表面のトリアやタングステンの分布を紹介します。
Ce2%W30°Polished3.2mm,200A,Ar10,30min
X1000 x1000, point01.gif x1000, point01.gif x1000, point01.gif
X2000 x2000, point01.gif x2000, point01.gif x2000, point01.gif
X3000 x3000, point01.gif x3000, point01.gif x3000, point01.gif
X5000
MagnitudeSEMTungstenThoriumPosition
Th2%W30°Polished3.2mm,200A,He10,30min
X3000 x3000, point01.gif x3000, point01.gif x3000, point01.gif
X4000 x4000, point01.gif x4000, point01.gif x4000, point01.gif
X1000 x1000, point01.gif x1000, point01.gif
Th2%W30°Polished3.2mm,200A,Ar10,5min
5minX200 x200, point06.gif x200, point06.gif x200, point06.gif
10minX200 x200, point06.gif x200, point06.gif x200, point06.gif
15minX200 x200, point06.gif x200, point06.gif x200, point06.gif
30minX300 x300, point06.gif x300, point06.gif x300, point06.gif
30minX200 x200, point06.gif x200, point06.gif x200, point06.gif
MagnitudeSEMTungstenThoriumPosition

 すぐ上の映像に示されているように、電極表面に生起出している塊の表面にはタングステンは少なく、トリアが多く含まれています。
Th2%W30°Nano1Polished3.2mm,80A,Ar20,10min
X3000 x200, point06.gif x200, point06.gif
MagnitudeSEMTungstenThoriumPosition
Th2%W30°Nano1Polished3.2mm,200A,Ar20,5min
X4000 x200, point06.gif x200, point06.gif
Th2%W30°Polished3.2mm,200A,Ar10,30min
X125 x125, point03.gif x125, point03.gif
X4000 x4000, point01.gif x4000, point01.gif

 「トリア(酸化トリウム)を2%含有したタングステン電極」と言う表現からは、トリアがタングステンに均質に含有された合金を想像しがちです。実際にはタングステンの微細な粉末とトリアの微細な粉末とを混合して、焼結などの特殊熱加工工程を経て、電極として出来上がります。右表に示すように、タングステンとトリアの溶融温度は共に3600K近傍の非常に高い温度ですが、酸化タングステンとトリウムの溶融温度は、非常に低いことが特徴です。タングステンとトリアが密接に接触していることから、1000K以上の高温になるとタングステンとトリアとの間で酸素をやり取りする酸化還元反応はある程度の割合で生じているはずです。その結果、上に示したように電極内部からトリアが表面に析出してきます。上の図は縮小して見づらいので、右に再掲します。現象論的には、電極内部に離散的に分布しているトリア粉末が高温になり、タングステンと接している面ではトリアとタングステンとの間で酸素の授受があります。トリア粒子群の表面では接触するタングステンと酸化還元反応を生じながら、粒界から表面へと析出します。右に示すように、析出した塊に多くトリアが含まれています。表面に析出したトリアはタングステンと酸化還元反応を生じながら電極先端領域へと移動します。右の2枚の映像を簡単に見比べるために、SEM画像を青色で表示し、トリア成分のEDX画像を赤色で表示して重ね合わせた結果を右に示します。SEM画像で白くあるいは境界領域が白くなっている析出した塊の表面にトリアが存在していることが分かります。基材表面での輝度が小さいのに対して、析出した固まり表面には大量にトリアが存在していることが見て取れます。
 上述したように周囲が高温のプラズマ領域に入るとこれらの粒子は微細化します。特に酸素が含有されている雰囲気では、ほとんど溶融して表面全体を濡らしたようになって先端領域へと移動していきます。短絡状態のように高温プラズマが存在しない特殊な環境では粒状の溶滴が先端部へと異動していきます。
Th2%W30°Nano1Polished3.2mm,200A,Ar20,20sec
X150 x150, point06.gif x150, point06.gif
X1000 x1000, point03.gif x1000, point03.gif
X3000 x3000, point03.gif x3000, point03.gif
Th2%W30°Polished3.2mm,200A,Ar10,30min
X30 x30, point06.gif x30, point06.gif
MagnitudeSEMTungstenThoriumPosition
Th2%W30°Nano2Polished3.2mm,200A,Ar10,30min
X30 x30, point06.gif x30, point06.gif
X4000 x4000, point02.gif x4000, point02.gif
Th2%W30°Polished3.2mm,NoArc200A,Ar10,30min
X30 x30, point06.gif x30, point06.gif
X3000 x3000, point02.gif x3000, point02.gif

次ページ 2017.05.19作成 2017.06.08改訂