GTA溶接後の電極状態

8.電極表面形状(2%ThW, Normal)ヘリウムシールド

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 米国では石油採掘の副産物としてヘリウムが大量に生産されているので、アルゴンより安価なガスとなっています。日本で使用しているヘリウムも多くは米国から輸入されています。ヘリウムは米国でよく使われるシールドガスで、プラズマ発光強度が低いために、溶融池などの現象を理解するための用途の実験に向いています。
 ヘリウムの質量が小さいために、熱速度は速く平均自由工程も長くなります。シールド状態が良好な場合にはヘリウムイオンはアルゴンシールドの場合に比較して広い距離にまで拡散します。このため、電子もヘリウムイオンが拡散する距離以上に拡散できます。一般にアルゴンシールドの大気中溶接では平均自由工程が短く、熱プラズマとして取り扱うことが出来ます。真空状態など低気圧雰囲気では、高エネルギ電子が存在しても衝突断面積(電子とイオンとが非弾性衝突衝突をしてエネルギ授受が行われる確率)が小さく、熱平衡条件が成立しない場合が多く存在します。ヘリウムシールドの場合にも厳密には熱的平衡条件が成立していないこともありえます。
 右図はヘリウムシールドで200Aのアークを、30分間連続して水冷銅板に発生させた状況です。アルゴンアークではアルゴンイオンの拡散距離が短いために、陰極領域は狭い範囲に限定されます。一方、ヘリウムアークの場合には、ヘリウムイオンの拡散範囲は広く、ヘリウムイオンが突入する領域が比較的電極上方にまで達するために、電極が高温度になる領域はアルゴンアークの場合より広くなります。
 カメラ素子とレンズ系の分光(波長)感度特性により、現象により撮影される明るさが異なるために、一台のカメラで撮影した映像のみから現象を解釈することは間違いを犯しやすいので注意が必要です。下に示す映像は、950nm近辺の波長のみを透過する狭帯域干渉フィルタで同時に撮影した高速度映像の結果です。この結果からは先端の陰極点領域は約2秒程度で平衡状態に達しているのに対して、上に示した高速度カラーカメラの映像では、2秒では平衡状態には至っておらず、10秒後には明るい領域は更に電極上方にまで広がり、それ以降の長い時間帯では明るい領域は若干下方に下がり、リムが形成され始めるとまた上方に明るい領域が広がる傾向を示しています。
 上画像の電極表面には明暗の縞模様が存在します。これらは、電子の放出やイオンの突入、高温原子の電極への非弾性衝突による結晶再成長、タングステンやトリアなどの酸化還元反応あるいは蒸発現象などにより、それらの反応が、光と熱とが放射するのかあるいは吸収するのか(吸収する反応はほとんどありません)に依存します。
 右図は950nm近辺の狭帯域の発光現象のみを撮影しています。プラズマからの発光はあまり強くなく、電極表面からの発光が中心です。陰極領域は短時間で平衡状態に達しています。そのすぐ上のタングステンのデンドライト結晶が成長する領域は、丁度この帯域の光を放射する反応なので明るく撮影されます。この円環上の帯域の発光が狭い領域は軸上を速い速度で動き回る結果が多く得られています。この領域は溶融しているのではなく、プラズマ部分に存在するタングステン粒子の分布密度が場所的に偏在して、かつ、時間的に変動することから起きている現象と考えています。酸化タングステンの蒸発は、酸化タングステンが存在していた表面領域の熱を奪う反応でもありますから、蒸発する領域は比較的速い速度で移動すると考えています。

2%ThW(Normal)3.2mm Polished after 40A, He20 arcing for 20sec.
x30, point06.gif x1000, point04.gif x35, point06.gif
2%ThW(Normal)3.2mm Polished after 80A, He20 arcing for 20sec.
x100, point06.gif x1000, point04.gif x4000, point04.gif
2%ThW(Normal)3.2mm Polished after 80A, He20 arcing for 20sec.x10times
x100, point06.gif x1000, point05.gif x3000, point05.gif
x1000, point01.gif x1000, point01.gif x5000, point01.gif
2%ThW(Normal)3.2mm Polished after 200A, He10 arcing for 30min
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2%ThW(Normal)3.2mm Grinded after 200A, He10 arcing for many times
x30, point06.gif x50, point06.gif x100, point06.gif
x150, point03.gif x500, point03.gif x500, point03.gif x500, point03.gif
x50, point02.gif x200, point02.gif x2000, point01.gif x4000, point01.gif
2%ThW(Normal)3.2mm Grinded after 200A, He20 arcing 60min
x50, point06.gif x2000, point01.gif
2%ThW(Normal)3.2mm Polished after 200A, He20 arcing 60min
x30, point06.gif x150, point06.gif
2%ThW(Normal)3.2mm Polished after 200A, He20 arcing 1min
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x30, point06.gif x30, point03.gif x30, point02.gif x30, point01.gif

 右に典型的なヘリウムシールドで溶接を実施した電極のSEM写真を示します。右上の写真が電極先端領域で、この写真より左の位置で、左上の写真のようなトリアが電極内部から析出している状況が撮影されます。傘状に少し張り出している領域がデンドライト結晶が成長している領域で左下のような形状のデンドライト結晶が密集して生成されています。右下の映像は陰極点領域の写真で、大きく溶融した領域はタングステンのみ存在し、白く光っている微細な構造にはトリアが残存しています。トリアが存在している場合には、電子は固体構造の状態で放出されるのに対して、トリアが枯渇しタングステンのみになると、溶融状態まで温度が上がらないと電子を放出できないことが分かります。
 右の写真はレーザで溶接部を照明して撮影した映像です。カメラの撮影方向と同じく、手前からレーザ光を照射しているため、溶融池表面のように平坦は領域からはレーザ光の反射がないため、暗く写ります。電極直下の円形状に白く輝いている領域は、溶融池表面から金属蒸気が蒸発している陽極領域です。
 右の映像はヘリウムシールドで150Aのアークを数秒間流した電極の外観です。 20倍のSEM映像を2枚つなぎ合わせています。電極温度自体はほぼ定常状態に近くなっており、陰極領域と酸化トリウムが析出している領域、タングステンが酸化し蒸発・昇華している領域、酸化タングステンが解離したタングステン原子が電極表面で結晶化を始める領域などが明瞭に観察できる状態になっています。電極表面の状態は到達温度により特徴があり、(1)から(10)まで区分しています。右映像は電極先端領域(1−4)を50倍で撮影した例です。左端(4)は、外部プラズマ粒子の衝突はほぼ弾性衝突で、表面形状にはほとんど影響は与えていません。その右側の黒っぽい領域(3)はプラズマ内で解離したタングステン原子が電極表面で結晶化している領域です。その右側の白っぽい領域(2)は、プラズマ内のタングステン原子が衝突しても結晶化するには高温すぎて表面にはほとんど変化が無い領域です。電極先端に向けて3本の黒い筋が走っていますが、研磨の時点でついた傷と考えています。
 右映像は(1−2)の領域の500倍の映像で、右側の電子を放出している先端領域(1)と左側の電子はほとんど放出していないが高温のプラズマ粒子が頻繁に衝突している領域(2)とに区分できます。電極先端右下領域に大きな突起とその左下と中央部に突起が見られます。母材からのスパッタが電極表面に衝突したとも考えられますが、複雑な酸化還元反応でタングステンが析出したとも考えられ、現時点ではその理由を理解していません。
 右映像は中央の塊を含む領域を2000倍で撮影した例です。左上にトリアの塊が昇華した孔が見え、その右側に右端の塊に似た性状の小さな剥離部が見られます。この映像からは、電極表面近傍でのトリアとタングステンとの酸化還元反応の過程で、タングステンが集合した可能性も考えられますが、正確には理解できていません。いずれにしろ、プラズマ中のタングステン原子が衝突しても結晶化はしない高温度領域と考えています。
 右映像は領域(2)を2000倍で撮影した例で、上の映像より先端から若干離れており、トリアが蒸発した孔が局所的に存在し、そのほかの領域は平坦になっており一部に少し突起して白く撮影されている部分も存在しています。
 右下の映像は高温でプラズマ中のタングステン原子が表面に衝突しても結晶化できないためRIMが生成できない右半分領域(2)と左側のRIMが生成するのに適当な温度領域(3)を200倍で撮影した映像です。
 領域(2)は高温といってもタングステンの溶融温度3650Kよりは低い温度領域で何ゆえ結晶化できないのかは、この領域では解離したタングステン原子の熱速度が蒸発温度5950K近辺と考えられ、熱速度がかなり速いために溶融温度より低温度のタングステン電極表面に衝突しても結果的に弾性衝突となり反発してしまうと考えられます。
 一方、RIMが生成する領域(3)では、周辺のプラズマ温度がタングステンの蒸発温度より低くなっており、解離したタングステン原子が蒸気の状態では存在しえない状態になっていると想定されます。低温度の領域(3)に衝突したタングステン原子は電極表面への衝突で容易に固化(結晶化)すると考えています。右上の映像中心部を2000倍に引き伸ばした映像を右に示します。低倍率の映像ではRIMが生成する領域(3)と生成しない領域(2)とが明瞭に区別できます。倍率を上げると、平坦に見える表面でも若干の結晶化は生じていることが分かります。
 右の映像はより低温度の領域を200倍で撮影した映像です。この領域周囲のプラズマ温度は酸化タングステンを解離できる温度ぎりぎりの温度になっていると考えています。蒸発した酸化タングステンがそのまま蒸気の状態でプラズマ内に存在する場合には、タングステン表面に衝突しても結晶化はほとんど生起しないと考えています。プラズマ内部で酸化タングステンが解離出来る温度域にあれば、解離したタングステンのうち電極に衝突したタングステン原子は表面に固着できます。
 右に2000倍に拡大した映像を示します。高温度側の境界より結晶の大きさが若干大きくなっており、結晶成長している領域(3)としていない領域(4)の差が大きいような気がします。
 右下の映像は領域(2−5)を50倍の倍率で撮影した結果です。右側の黒っぽい領域がRIMが生成している領域(3)です。左端の黒っぽい領域は、電極内部から析出したトリアがタングステンと酸化還元反応を行っている領域(5)です。この領域でトリアから酸素を取り込んで酸化タングステンとなった溶液は蒸発してプラズマ空間へと飛び出して行きます。還元されてトリウムになった原子も蒸発します。
 中央付近の白い領域(4)では酸化したタングステンと還元されたトリウムはほぼ全量蒸発し、周囲のプラズマにはほとんど金属原子単体は含まれていないので、金属原子の付着(固化)はほとんどありません。右下の映像は右の映像の中心領域を5000倍に拡大した映像で、表面にはトリアが集中していた領域に孔が残されている様子が確認できます。
 右下の映像はトリアがタングステンと酸化還元反応を行い、酸化したタングステンと還元されたトリウムが蒸発する領域(5)と、酸化タングステンとトリウムが蒸発した領域(4)を500倍で撮影した映像です。この映像の中心部を5000倍で撮影した結果をこの映像の下に示しています。図と説明の順序が逆になりますが、この5000倍の映像ではトリアが蒸発した痕跡の孔は観察できません。左端の温度の低い領域ではトリアが溶融して先端領域へと移動しているのに対して、より高温のこの領域(4)の低温側で電極内部のトリアが表面に析出せず、また蒸発しないのかについては納得できる解を得ていません。右上の孔が観察できる映像では、映像を縮小していることもあり、粒界はあまり明瞭には観察できませんが、右下の孔が観察できない映像とほぼ同じ大きさの粒界が存在しています。右上と右下の映像で他に異なる点は、粒界内部領域の黒色の部分です。この白黒の相違が何に起因するのかについては今のところはっきりと結論を出せるデータは持っていません。
 右上映像の領域(5)を5000倍に拡大して撮影した映像が右下の映像です。シールドガスは純ヘリウムでこの領域はノズルに近いために、周辺空気による汚染は小さい領域となります。上述したように電極内部のトリアが界面を通過して電極表面に析出し、その過程でトリアは周辺のタングステンに酸素を供給し、タングステンが酸化されて溶融状態の参加タングステンになります。同時に還元されてトリウムになった粒子群はやはり溶融します。溶融した粒子群は高温領域へと移動を開始し、十分周囲のプラズマ温度が高い領域に移動すると、周囲のプラズマ粒子の電極表面への衝突により加熱され、蒸発・昇華をしていきます。臨界温度を超えるとそれらはほぼ全て蒸発し、領域(4)では溶融した群は消滅しています。右映像は領域(5)の右端近傍の映像で、領域(4)に比べて小さい粒界となっており、一部は突起状に残存しています。シールドガスに数%の空気もしくは酸素が含まれていると、電極表面全体が濡れているように観察されています。空気や酸素が無い場合には粒状の溶液が温度の高い先端方向へと移動している動画を撮影しています。右上の映像は温度の高い領域の映像なので、全体が濡れた状態になっているように思えます。
 右の映像はもう少し先端から離れた領域(6)を、5000倍で撮影した結果です。この場合には電極表面全体は溶融していない(濡れていない)ように思えます。
 右の映像は更に先端から離れて領域(7)に近い領域(6)を2000倍で撮影した結果です。この領域の温度は低く、若干のトリアが表面に析出している状態で、酸化還元反応はあまり活発には行われていないと考えています。それでもある程度の量が表面に析出して、盛り上がっているように見受けられます。トリアの相が比較的広く広がっているので、電極表面の粒界はほとんど観察できませんが、粒界のサイズは右上の映像とほとんど差が無いように見受けられます。
 右の映像は領域(8)を5000倍で撮影した結果です。この場合には粒界からトリアが析出している様子は確認できませんでした。この映像より高温域の映像では粒界に方向性はあまり観察されていませんでした。この映像とより低倍率の映像を観察した結果では、比較的電極軸方向に伸びているように撮影されています。右下のより低温域のSEM映像と比較すると、結晶粒は熱影響により若干肥大化していることが分かります。
 右下の映像は領域(9)を5000倍で撮影した結果です。右下にごみが付着し、左上の黒い線は研磨痕です。この映像では粒界はかなり小さく、熱影響はほとんど無いように見えます。3.2mmΦの電極に150Aを流した結果であり、電極を冷却しながら電流を供給するコレットに近い領域では、電極表面温度はそう高くなく、結晶粒の成長はほとんど見られないことが分かります。この領域は完全にノズル内部であり、外部プラズマとの熱収支は冷却側に傾き、コレットからの冷却も存在するため、内部を流れる電流によるジュール加熱と先端側からの熱伝導による加熱が小さいと考えています。

次ページ 2017.05.19作成 2017.06.07改訂