3.電極表面形状の比較(Nano-1)
西安交通大学で開発した内部構造が稠密なトリア入りタングステンの表面形状です。高周波電圧をかけるのと同時にシールドガスを流し始めるため、絶縁破壊時にはかなり空気成分が残存しています。各実験前に念入りに電極表面を研磨していますが、電極表面自体には酸化物や水和物が付着しています。絶縁破壊時にこれらの領域で電子放出が生じ、痕跡が生じます。また電流値が80Aと少ない場合には電極温度が電子放出に必要な温度に上昇するまでには時間が必要で、一時的に電極側面の局所的な領域に陰極領域が集中する場合があります。
2%ThW(Nano-1B) after 200A, Ar20 arcing for 20sec. | ||||
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2%ThW(Nano-1B) after 80A, Ar20 arcing for 20sec. | ||||
アーク放電を長時間あるいは何度も繰り返すと、電極表面には物理化学的な変化が生じます。特に陰極(電子放出)領域では、酸化タングステンやトリアの放出(消耗)もかなりの割合で発生します。電極表面温度と電極表面外のプラズマ温度との相対的な関係で、電極表面ではその表面温度に応じた様々な反応が生じ、結果的に電極位置に応じて様々な表情を示します。
2%ThW(Nano-1B) after 80A, Ar20 arcing for 20sec x 10times. | ||||
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2%ThW(Nano-1B) Fracture x2000(left), x4000(right) | ||||
2%ThW(Nano-1B) after 200A, Ar10 arcing for 120min. | ||||
電極の組成や焼結法により電極表面形状は異なった様相を示しています。シールドガス組成(空気の混入状態も含めて)によるものか、あるいは電流値などによるものかなどはっきりしない点が多く存在します。
2%ThW(Nano-2) after 80A, Ar20 arcing for 20sec. | ||||
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2%ThW(Nano-2) after 80A, Ar20 arcing for 20sec. x 11 times | ||||
2%ThW(Nano-2) after 200A, Ar10 arcing for 30min | ||||
昔は電極先端に発生するリムは邪魔でうっとうしいものとしか考えていませんでした。SEM映像を見ると幾何学的に整然としたデンドライト結晶になっており、シールドガス組成や電流などの溶接条件により形状が異なっていることに気づきました。昔と言うのは1970年代のことで、ビデオそのものが存在せず、アーク現象を観察する手段はフィルム写真か16ミリでの撮影のみであり、高圧チャンバ内でのアーク現象を撮影するのには、それなりに具体的な成果が期待できることが必要でした。
また、アーク現象の撮影に関する知識も貧弱で高圧チャンバないの現象を明瞭に観察することなどあまり現実的ではありませんでした。21世紀になる頃にはパソコンでデジタル映像を取り扱うことが可能となり、狭帯域干渉フィルタも容易に入手できるようになりました。企業との共同研究などで、アーク現象をきちんと撮影して解析する必要に迫られ、それなりに思案していた頃、近赤外領域の狭帯域干渉フィルタを使えばよいのではと思いつきました。ソニーのCCDビデオカメラを使いましたが、最初はあまり明瞭な映像は撮影できませんでした。カメラの撮像素子の部分を眺めていたときに、取り外し可能なフィルタが撮像素子前面に取り付けられていることに気づき、調べてみると近赤外カットフィルタでした。早速このフィルタを取り外して撮影すると画質がかなり改善されたので、以後干渉フィルタを重宝しています。
右に示す映像は21世紀初頭に撮影したリム生成現象のビデオです。950nm近辺の狭い帯域の光のみを撮影しているので、本来は白黒画像です。白黒映像で再生すると、人の目には輝度分布の変化など微細な構造はほとんど理解できないため、擬似カラー表示して直感的に全体的な温度分布の変化とリム生成現象を理解できるようにしています。
右の映像は電流200Aのアークを純アルゴン雰囲気で30分間連続して水冷銅電極上に発生させた電極の断面をSEM撮影した結果です。この場合はアーク発生前からシールドガスを流し、連続してアークを持続しているため、電極先端領域への酸素の混入は非常に少ない状態です。写真に見られるように電極先端領域表面が侵食されるのは避けられません。しかし、シールドガス中へ酸素などが混入しない場合には、電極の損傷は比較的少ない状態に保たれます。
電極先端領域には微細な気泡が多数見られています。これらの気泡が存在している領域には、本来トリア粉末が閉じ込められており、電極先端領域がアークにより高温に熱せられ、タングステンとトリアが接している界面でトリアの一部がタングステンによりトリア原子還元され、タングステン原子の一部は高温環境で酸化し、酸化タングステンは酸化物に化合すると同時にガス化して微細な気泡を多数構成したものと考えています。同時にこの気泡内部には高温で膨張した酸化タングステン分子が閉じ込められているため、圧力はかなり高くなっているはずです。還元されたトリウム原子は高速度で気泡内面壁に衝突し一部は結晶構造内に入り込み表面へと拡散により移動すると考えています。
下図はアルゴンシールドをしてアーク電流200Aを1時間流した後の電極先端部断面写真です。ブロッコリのような面白い形状になっています。
2%ThW(Nano-2) after 200A, Ar10 arcing for 60min. | ||||
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次ページ 2017.05.19作成 2017.05.23改訂