7.2%Ceタングステン電極表面、アルゴンシールド
トリア入り電極はアーク特性が良く、従来は広範囲に使用されていました。しかし、トリア入りタングステンは、トリウムが放射性物質であることから、適正な管理を必要とし、酸化セリウムや酸化イットリウムなど他種類の低仕事関数の物質を添加した電極が市販されています。
右図はセリア入りタングステン電極をアーク長3mm電流100Aで使用した場合に、ヘリウムの混合率とアーク電圧との関係を測定した結果の例です。アルゴン単体ではアーク電圧は低い値ですが、ヘリウムを混合するとアーク電圧は増加します。シールドガス中のヘリウム比率が75%程度で増加の度合いが上昇しています。この比率よりヘリウムが多い場合には電極先端温度が低下する傾向を示していることから、プラズマ内の温度分布なども変化している可能性があり、詳細に検討すべき現象だと考えています。雰囲気圧力が大気圧から2.5気圧、4気圧と上昇しても同じ傾向を示します。
電流とアーク電圧との関係はシールドガス成分により異なる傾向を示します。4気圧(0.4MPa)アーク長3mmの場合には、アルゴンシールドでは30Aから130Aの範囲では電流値が高いとアーク電圧は増加する傾向を有するのに対して、ヘリウムとアルゴンを等量含むシールド条件では電流値に関わらずアーク電圧は一定となっています。一方、ヘリウムの方が多いシールド条件ではアーク電流が低い場合にアーク電圧が高く、電流値が大きくなるとアーク電圧は低下する傾向を示します。このような面白い傾向を示すのは、電極温度分布が大きく影響しているはずと考えて、アーク発生中の映像と発生後の電極表面のSEM写真を観察して考察しましたが、なかなか決定的な結論を得るまでには至っていません。これらの実験で撮影した映像は後日公開する予定です。
現時点では2001年に撮影した映像の一部を掲載します。トリア入りタングステンとは表面の様相がかなり異なっています。
2%CeW_3.2mm Polished after 200A, Ar10 arcing for 30min | ||||
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35倍 | 1000倍 | 1500倍 | 3000倍 | |
300倍 | 500倍 | 1000倍 | 1000倍 | |
1000倍 | 1000倍 | 1000倍 | 1000倍 | 1000倍 |
右にアルゴン雰囲気で数秒間アークを発生させた電極の20倍SEM映像を示します。電極表面はバフ研磨では無く、通常の電極先端研磨装置で研磨しているため、電極表面には多くの筋状の研磨痕が存在します。セリア入りタングステン電極の表面形状は陰極領域でトリア入りタングステンとは大きく異なります。シールドガスがヘリウムの場合にはヘリウムの熱速度が速く、高温プラズマ領域は電極のかなり上の方まで存在し、電極表面にプラズマから熱が伝達されます。アルゴンシールドの場合には、熱速度は遅く、高温度領域は電極先端領域に限られ、電極上方では逆に電極からプラズマ(シールドガス)側に逃げ出す傾向を持ちます。
右に電極先端領域の500倍のSEM映像を示します。右半分が電子放出(陰極)領域(1)で左半分は電子放出はほとんど無く、高温度のプラズマが頻繁に衝突する領域(2)です。トリア入りタングステン電極の場合には、ブロッコリ状の表面形状(粒界が侵食されるイメージ)が特徴的なのに対して、セリア入りタングステンの場合には表面が溶融し嵐の海面のように樹枝状の突起が多く存在します。セリア入りタングステンの陰極領域は熱衝撃に弱い気がしています。右上及び右図左端に見られるように割りに広い領域で電極成分の脱落や剥離が見られるケースが多くありました。右下に2000倍の映像を示します。
右上図左半分の領域(2)では、右下の2000倍の映像に見られるように研磨痕の突起領域のみが溶融しています。基材領域が溶融しているのか否かについては、この映像を見る限りでは明確ではありません。しかし、アーク発生中に溶融している場合には、右下に示すように同じ領域(2)の先端から0.38mm離れた領域の2000倍のSEM映像のように、明確な粒界が見られる場合が多く、表面近傍は溶融していると考えています。右の映像で粒界が明瞭でないのは、溶融層の厚みがある程度存在し、基材の粒界の影響をほとんど受けないためかもしれません。
右下の映像は縮小して表示しているため、この映像からは粒界はあまり明瞭ではありませんが、トリア入りタングステンとほぼ同様なサイズの粒界が存在します。
右上の映像で溶融層が厚いと考えたので、右の映像ではセリアが蒸発した孔が存在しているのに対して、右上の映像では穴が見当たらないからです。右下に電極先端から0.8mm離れた領域の表面形状を500倍で観察した結果を示します。電極先端から0.8mm以内の領域では、研磨痕の山の部分が溶融していますが、0.8mm以上はなれた領域(3)では熱容量の小さい山の部分も溶融していません。溶融した形跡が残る領域(2)ではセリア微粉末が抜け出した孔が多く存在しているのに対して、溶融した形跡が無い領域(3)では微粉末が溶け出した孔は全然存在していません。500倍の倍率では対極的な表面状態の違いが概観できます。右下の映像は(2−3)の境界領域を2000倍で撮影した結果です。研磨痕の山の領域で溶融している領域と溶融していない領域が明確に識別でき、基材(谷の部分)でも、溶融痕跡の有無による違いが観察できます。電極の溶融が電極内部を流れる電流によるジュール加熱が主原因なのか、あるいは周囲のプラズマからの熱伝達が大きく寄与するのかについては、まだ明確に断定することは出来ません。アルゴンプラズマの場合には、基材領域が溶融していることから、電流による加熱が主要因と考えています。ただ、その場合山に当たる突起部分は根元から溶け落ちる筈ですが、そうはなっていません。突起先端部分は球状に溶融し黒色になっていることから、成分分析を行えばもう少し詳しい理由が分かるとは考えています。
右の映像は基材が溶融していない領域(4)を2000倍で撮影した結果です。基材領域は若干の熱影響を受け、粒界が明瞭に観察できます。突起部分の先端は溶融しているように見えます。セリウムを含む領域が選択的に溶融していると考えており、現在EDXのデータを確認中です。
以上、短時間アークを発生させた電極表面形状について紹介しました。長時間使用した電極についても紹介する予定です。
次ページ 2017.05.19作成 2017.06.07改訂