2.アークによる電極結晶サイズの変化
Grain size of commercial 2%ThW after 200A, Ar10 arcing for 15 min.Mag=x500 | ||||
---|---|---|---|---|
Mag=x500, 5mm from top, 4mm from top, 3mm from top, 2mmm from top | ||||
center BtoTop |
||||
Mag=x500, 1mm from top, 0.5mm from top, top, surface skeleton x2,000 | ||||
center BtoTop |
別項で記載していますが、下列右端の表面映像に見られるように、電極表面ではトリアやタングステンが蒸発・昇華して、内部がすかすかのスケルトン構造となります。真空中アークの電子放出に関しては、温度が2000K以上の先端領域では、タングステン電極表面単原子層にトリウムが拡散移動し、その結果、仕事関数が約2.6eVとタングステン単体に比べて大きく低下し、電子放出密度が1桁以上大きくなり、動作温度が低下するといわれています。EDXで見た結果では比較的大きな構造で溶融したと見られる領域にはトリウムはほとんど残存していなかったのに対して、溶融していない小さい構造の領域にはトリウムが残存していました。トリウムが残っている場合には溶融には至らない低温度で電子が放出し、トリウムがなくなってしまうと溶融温度以上にならないと電子が放出できないことが理解できます。また消耗の少ない大きな構造表面の空孔の出来方で、微細な構造が均一ではないことも理解できます。
以下に示す画像は、電極先端位置からの距離と内部の結晶粒界構造との関係です。電極内部の粒界は軸方向に引き伸ばされた構造をしていますが、アーク放電により電極温度が上昇すると高温度領域では結晶粒は成長し、粒界は再構成されます。
Grain size of commercial 2%ThW after 200A, Ar10 arcing for 15 min.Mag=x500 | ||||
---|---|---|---|---|
右図に先端からの距離が、アーク溶接実施により、電極内部結晶構造の再構成にどのような影響を与えるのかをまとめた映像を示します。これらの映像では、横方向が電極軸方向です。先端から約5mm離れた領域(4)では、電極温度が溶融温度程度にまでは上昇していないことから、結晶粒は細長い構造を保っています。先端に近づくのにしたがって、温度が上昇するため結晶粒は成長をしサイズが大きくなっていることが分かります。溶融温度とほとんど同程度の高温になる電極先端領域(1)では結晶粒が大きく成長し、長さ方向では本来の約2.5倍、横方向では8倍にも成長しています。
右図は電極先端からの距離と結晶構造のサイズとの関係を示しています。以上の議論では先端から約5mm離れると熱影響は無いと記述してきました。これはもともと結晶粒の長い軸方向について当てはまります。厳密には、円錐状に研削して断面積が小さくなっている領域では、一定時間の使用により特に横方向(半径方向)粒界サイズは大きくなる傾向を示します。
右図に、一定時間使用した電極先端部の断面写真と、その写真から計測した表面のポーラスな領域の厚みと、その下部に存在するトリアが欠乏している領域の厚みを示します。タングステン電極は非消耗電極として定義されていますが、微視的には結構な割合で消耗しています。まず、トリアが選択的に消耗し、トリアが残存している領域では小さな樹枝状な形態です。トリアが欠乏した領域では、タングステンが部分的に溶融し、比較的大きな突起となって溶融します。結果的に電極先端の表面部は多孔質で複雑な界面を形成します。ポーラスな領域は約35ミクロン程度の厚みに10分程度で安定します。その下部のトリアが欠乏する領域は30分程度までは増加し、それ以降は全体的な消耗に影響され、厚みの増加は少なくなり、安定した消耗が続きます。溶接条件と電極形状によっては、先端部全体のトリアが欠乏しタングステンのみになり、先端部全体が溶融し、落下するなどの事態が生じる場合もあります。
何度もアーク放電を繰り返した電極先端部の断面写真を右図に示します。先端領域は溶融しています。溶融していない領域との境界領域に多くの気泡が存在していることに注目です。溶接金属粒界に集積する水素に関しても同様なのですが、通常「金属内部で水素が拡散して粒界に集中する」と見ているように表現しています。しかし、トリアがそのように高温電極内部で拡散しているのかについては何も理解していません。電極先端領域でトリアが選択的に蒸発し、表面でのトリア密度が激減している領域に、豊富に存在する内部から拡散移動すると単純に考えていました。
微小な気泡は、上に示した長時間使用した電極先端領域断面図にも存在し、使用時間が長いほどその量が多いように見えます。タングステン電極は微細な粉末を混ぜ合わせて焼結して生成されているようなので、微細な構造を考えると、微小なトリア(酸化トリウム)集合がタングステンに閉じ込められている構造になっているように思います。この場合、高温になっている電極先端領域では、タングステンがトリアの酸素を取り込み酸化タングステンが生成され、トリアは還元されてトリウム原子になる反応が一定程度生じているはずなので、酸化タングステンが気化して気泡を生じ、還元されたトリウムが結晶構造の内部を拡散により移動していると考えるのが妥当なように思います。
陰極領域が何故複雑な樹枝状形態になっているのか考えてみると、トリアとタングステンの接触界面で酸化タングステンが生成し、酸化タングステンが昇華することにより接触界面が選択的に消耗されたと考えるのが妥当かと思います。電極内部のトリア含有量は2%なので、単純に考えると2%のタングステンは選択的に酸化し、酸化するのと同時に昇華・蒸発していると考えます。陰極の冷却は一般的には電子放出による冷却のみが説明されています。電子の仕事関数に依存する冷却も重要ですが、酸化タングステンの昇華・蒸発による冷却効果も一定程度存在すると考えています。
もう一つ気になっていることは、一見ジャングル内部になっている陰極表面領域での微細な電界構造です。論理的には、微細な深い凹凸の存在する領域では、構造外周の包絡面と外部のイオンシースの間に強い電界は存在するものの、包絡面内部では電界は包絡面方向へのみ作用します。そう考えると実際の表面積は非常に広くなっていても、放出された電子に作用する電界は包絡面方向のみなので、実効的な電子放出面積を凹凸の無い包絡面の面積で考えることが妥当なのだろうと思っています。
次ページ 2017.05.19作成 2017.05.23改訂