3.5 溶接・切断作業事故の例と対策
日本国内では水中切断や水中溶接の作業量が極めて少ないため、事故の症例はほとんどありません。陸上の作業では溶接・切断作業による重大事故が毎年発生しています。事故の詳細と注意事項は毎年厚生労働省や、中央労働災害防止協会・安全衛生情報センターホームページ「災害事例」あるいは、日本損害保険協会などに発表され、労働災害の撲滅に向けての注意が喚起されています。本節では、これらの報告の中から、溶接切断作業に関連した典型的な事故・災害事例を示し、事故の大半が不注意と作業者相互の意思疎通の不備、訓練と教育不足、過労などが重なって生じることを示し、基本的な事故防止対策を紹介します。
1)事故事例
(事例1) アーク溶接作業中に破損した溶接棒ホルダーに触れ感電
(事例2) 連壁土留め鋼製本坑に鋼製矢板をアーク溶接する作業中に、鋼製矢板を保持していた作業員が感電
(事例3) 雨の中でアーク溶接作業をしていて感電
(事例4) アーク溶接中に海水を浴びて感電死亡
(事例5) 船内で溶接中に爆発
(事例6) 船内でガス溶断中、ウレタンフォームに引火
(事例1) アーク溶接作業中に破損した溶接棒ホルダーに触れ感電
鉛精錬工場において、ベルトコンベアを設置する架台のアーク溶接作業中を、工場長AとB、C3名で作業を行っていたが、途中で工場長とBが現場を離れたので、一人残った外国人Cが被災者D(外国人)を呼んできて、手伝いをさせながらアルミ製の梯子に登り作業を継続した。途中でアングル材料が無くなったため、Cは当日の作業は終りとし、梯子付近に溶接棒ホルダーを置いたまま、梯子に背を向けてハンマー等の片付けを始めた。暫くして振り返ると、Dが梯子の上で溶接棒ホルダーを持ったまま動けない状態でいるので、感電と直感し、溶接ケーブルを電源から抜いたが、Dは梯子から転落し、まもなく死亡。
・溶接棒ホルダーは、上部の絶縁部が破損して充電部が露出し、また、ホルダーのハンドルが抜けないようにハンドルとレバーのスプリングに針金が巻き付けられていたこと
・溶接棒ホルダーを持って梯子に登った被災者がホルダーの露出充電部−手−心臓−梯子の経路で感電した。
・溶接機に自動電撃防止装置が取り付けられていなかったこと
・言葉の問題もあり作業の指示が明確に行われていなかったこと
・アーク溶接作業に従事する者に対して特別教育を実施していなかったこと
・被災者および他の外国人も不法入国者であったが、アーク溶接作業に従事させる前に特別教育を実施していなかった。
対策
・その日の作業開始前に溶接棒ホルダーを点検整備すること
・溶接棒ホルダーの絶縁部分を点検し、劣化や欠落しているような場合には、補修するなど安全を確認した上で作業を行わせることが必要である。
・狭い場所、鉄骨の上等感電の危険がある場所でアーク溶接作業を行う場合には、溶接機に自動電撃防止装置を取り付けること
・作業指示を明確に伝達すること
・アーク溶接作業等危険な業務に従事する者に対しては、特別の教育を実施すること
(事例2) 連壁土留め鋼製本坑に鋼製矢板をアーク溶接する作業中に、鋼製矢板を保持していた作業員が感電
掘削作業の進展に伴い露出した連壁の不連続部の隙間に、アーク溶接により鋼製矢板を取り付ける作業を行っていた。3本の鋼製矢板の取り付けを終わり、4本目の取り付けを行おうとして、被災者と作業員が鋼製矢板の両端を持ち、被災者が持っている方の端を連壁に仮付けするため、職長が溶接棒を鋼製矢板に接触させたところ、被災者が「電気がきた」と声を発してのけぞるようにして後ろ向きに倒れた。災害発生当時の被災者は、半袖のTシャツ、作業ズボン、ゴム長靴、ゴム手袋および保護帽を着用していた。なお、ゴム手袋の親指部には数センチの破損箇所があった。天候は前日からの雨で、作業場所付近の足元はぬかるんでいた。使用していた交流アーク溶接機は、300Ωの始動感度を有する電撃防止装置を内蔵するものであった。
対策
・低抵抗始動形の電撃防止装置を接続した溶接機を使用する。
・被溶接材を確実に接地する。
・あらかじめ作業の安全を確保するため、作業計画を作成し、作業方法、機材の安全性、作業場所の状態などを考慮する。
・電圧に応じた性能を有する保護具を着用する。
・統括安全衛生責任者は、協議組織の設置及び運営、作業間の連絡および調整、作業場所を巡視するなどの職務を通じて関係請負人の行う作業の安全を確保するための技術的な援助を行う。
・作業者に対して、アーク溶接作業の危険性および保護具の着用などの防護対策について随時教育を実施する。
(事例3) 雨の中でアーク溶接作業をしていて感電
建設工事現場で組み上げられた鉄筋に交流アーク溶接機を用いてラスを取り付ける作業中、作業者が感電死した。作業中に降雨でずぶぬれ状態となって作業を継続しているうちに、左手が溶接棒に触れて感電したものと考えられる。使用していた溶接機は、高抵抗始動型の自動電撃防止装置が内臓されていたが、被災者が溶接棒に接触したために出力電圧が上がり、250ミリアンペア以上の電流が体内を流れて死に至ったものと考えられる。被災者は事前に特別教育を受けていなかったため、危険性等について知識不足であったことも原因の1つと考えられる。
対策
・自動電撃防止装置は、作業環境、母材の状態等に応じて低抵抗始動型と高抵抗始動型を使い分ける。
・降雨、雷等の環境変化にも配慮した作業標準を作成するとともに、的確な指示が行えるよう安全管理体制を整備する。
・特別教育をはじめ必要な教育を行う。
(事例4) アーク溶接中に海水を浴びて感電死亡
船舶の寄港している期間を短縮するため、荷揚げ作業と同時にメンテナンスが行っていた。バラストタンクへ海水を注入するための配管に腐食があるので、バラストタンクへの配管の交換作業を行っている最中に、荷揚げ作業が終わりかけたためバラストタンクへ海水を注入させた。配管にはまだ開口部が残っていたため、その部分から海水が噴き出し、溶接作業を行っていた作業者が全身に海水を浴び、アーク溶接の電気で感電してその場へ倒れた。なお、アーク溶接機には自動電撃防止装置が使用されていたが、海水は電気に対して良好な導体であるために感電した。
対策
・荷揚げ作業とメンテナンス作業両者の作業手順を明らかにし作業間の調整を行うとともに意思疎通を確実にし、危険が予想されるときは、適切な措置をとる。
・適切な教育を実施する。
(事例5) 船内で溶接中に爆発
造船所で建造中のガソリンタンカーの船首楼内部において、電気配線用の支持金具を取り付けるためのアーク溶接中に、船首楼下側のタンクが爆発し、マンホールから吹き上げた爆風により全身に火傷を負って死亡。災害発生の3日前、船首下部のガソリンタンクの吹付け塗装が行われた。塗料等の使用量は、塗料約50kg、硬化剤約3kg、溶剤約16kgであり、有機溶剤の量は合計で25kg程度、その成分はトルエン、キシレン、メチル、イソブチルケトン等であった。塗装作業終了後、送排風機4台で約2時間タンク内の換気を行い、翌日も同様の手法で約8時間換気を行った。災害発生の前日は換気は行っていない。災害発生当日は、被災者1人で船首楼の内部で電気配線用の支持金具を取り付けるため、アーク溶接を行っておりタンクに通じるマンホール(35cm×45cm)の直上にある電源ボックスの側部に支持金具を取り付けようとしたところ、タンクの内部で爆発が起こり、マンホールから吹き上がった爆風により全身に火傷を負い、入院先で死亡。
対策
・船内における爆発・火災災害を防止するため、塗装に際しての換気の作業標準を定め、関係労働者に周知徹底すること。
・船内の溶接作業に当たっては、あらかじめ危険物の有無を確認し、必要に応じて通風、換気等の措置を講じること。
・関係労働者が危険物の存在を確認できる体制をとること。
・安全衛生推進者を選任し、担当する業務を遂行させること。
(事例6) 船内でガス溶断中、ウレタンフォームに引火
ドック入りした船舶の船室拡張工事で、仕切り鉄板の一部を切断していたところ、火花が部屋の側壁の裏側に吹きつけられていた断熱材ウレタンフォームに引火し、部屋全体に燃え広がり、作業員が死亡した。易燃性のウレタンフォームの存在する室内で防護措置を設けずに溶断を行ったこと、消火用具等の準備がなかったことおよび火災発生後の避難が遅れたことが原因と考えられる。
対策
・易燃性の物がある場所では火花等を発するなど点火源となる恐れのある機械等を使用しない。
・易燃性の物の近くで溶断等を行う場合は火災を生じないよう防護措置を講じる。
・火気使用時における作業規定を作成し、作業員等に周知する。
・消火用具等を設置し、避難訓練等も行う。等
次ページ 2016.04.02作成 2017.04.28改定