7.労働安全・感電・腐食

・水中作業の安全・感電・腐食は、陸上とは異なる認識が必要なので、労働安全・衛生管理に関係した事柄を紹介をします。

3.9 水中での感電

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水中の特性
 海洋構造物の建造や補修に携わる潜水作業士には多くの作業があり、水中で電気器具を用いて作業することもあります。電気器具の種類によっては、潜水士にとって非常に危険な作業となります。作業安全指針については適切に作成する必要があります。北海における実作業によると、亜鉛ブロックのような犠牲陽極では電撃はほとんどありません。潜水士が暴露する可能性のある場所での電位傾度に関する知識は重要です。特に溶接・切断作業では重要であり、安全性について詳細に検討されています(*1,2)。本節の内容は、主に文献(1,2)を参考にしています。
 電気災害の分類感電事故は、電圧がかかっている部分にうっかりと触れ、電流がその接触部から体内を通って大地などに流れていくことにより起こります。原因は、ショート、接地不良、ブレーカーの異常等の電気的欠陥、取扱上のミスなどの人的問題、水濡れ等の環境的欠陥等が複合しています。電気災害には、きく分けて電気に起因する災害と静電気に起因する災害とがあります。
 水中作業では、人体と電気機器とが海水という導電性の液体を通じて常に接触しています。電気作業には特に注意が必要です。電流は流れやすいところを選んで流れること、及び、電源は一般的に大電流が流れると電圧が低下する特性をもっていること、などに留意して作業環境と条件を設定します。淡水中では、人体の抵抗は淡水より小さく、電気は人体を流れやすくまります。逆に海水中では海水のほうに流れやすくなります。
 右図は海水中につけた2本の銅電極に10Vの電圧をかけたときの状況です。左側がマイナス、右がプラスで、マイナス側は気泡が発生し銅がぴかぴかに光り、プラス側は錆びた色彩に変化し、間欠的に表面の付着物が落下します。このように海水は電解質で電流をよく通すため、大気中とはまったく違う振る舞いをする場合があります。

水中での感電
 水中での安全を検討する上で、人体の抵抗は、50V以上の場合に500Ω、50V以下では750Ωと見積もるのが妥当とされています(*1)。これらは断面積の比較的小さい腕から腕への抵抗です。距離が短く断面積の大きい胸から背中にかけての抵抗は100Ωになります。湿式溶接の場合、溶接中は電極と母材との間には20-25Vかかっています。無負荷時には60V程度になります。電圧が実際にかかっている電極先端とアースである母材との距離は、1-3mm程度と短く、きちんとした潜水装備で、防水・絶縁したトーチを保持しての溶接作業中には、潜水作業士にかかる電圧は高々0.2V程度です。この値は潜水服外側の測定値と内部の人体皮膚表面の測定値とほぼ同じ数値です。60Vかかっている電極先端から10cm離れたところの電圧は0.6V程度です。ここに素手あるいは手袋や潜水服が破損した状態の手を近づけても、体内を流れる電流は0.3ミリアンペア程度と、感知電流1ミリアンペアより小さいくなります。電極が消耗し、長さが10cm以下になると溶接作業を中断して新しい電極に変更することが推奨されています
 水深が深くなるのに伴い、溶接・切断作業に最適なアーク電圧は高くなります。電圧が高くなると、潜水士による手動アーク溶接・切断作業における電撃事故の可能性も高くなります。この危険性について、ドイツのGKSSによる詳細な研究結果(*3)があります。アークが発生しているときの電圧は15-30V程度ですが、アークが途切れたときの電圧(無負荷電圧)は100V以上、時には150Vになることがあります。潜水士が感電を知覚すると、感電による直接的な障害を引き起こすほか、非常に神経質になったり、空気を深く吸い込みすぎたりして過換気症候群に陥ることなどの二次災害が生じやすくなります。また、痙攣を起こす程度の感電をすると、操作ミスによる二次災害が起こりやすくなります。水中で電気を使用して作業する場合には、錆びをなめているような感じに陥ることがたまにあり、これも感電の1段階です。
 人体組織を150ミリアンペア以上の電流が流れると火傷します。手足の断面積は胴体に比較して狭く、電流密度は高くなります。手足は外部にもっとも触れやすい部位で、感電しやすい上、潜水作業では、手足は冷え感覚も鈍るため、感電に対する知覚も低下します。電極に触れていなくても、漏洩電流により指を火傷する危険性があり、漏洩部の電圧は24V以下が推奨されています。潜水士が不快感を表明したら、二次災害を防ぐためにその潜水士に注意を払う必要があります。電界中に入らざるを得ないときには、足のほうがプラス、頭のほうがマイナスになる方が安全と言われています。ドライスーツを着用して海水中にいる場合には、ドライスーツ表面の導電度は高く、また作業靴に導電性があるため、潜水服が接地線として機能します。潜水服が破損して内部に海水が入り込んだ状態でも、露出した手で電気に触らない限りほぼ安全です。ただし、導電率は塩分濃度により変わるため、作業のつど留意します。潜水士が電極と母材の間に身をおいているときに通電するのは非常に危険で、60V以上の電圧をかけることは禁止されています。水中溶接作業において、60Vを超える電圧で始動するときには、潜水士が瞬間的に腕を引く反応が見られるとのことです。

居住空間での感電
 海中で電気を利用する領域には、飽和潜水装置、有人潜水艇、昇降チャンバなどがあります。そこには、潜水作業士が居住して作業を行う装置類があります。この領域を居住区域と呼びます。室内の温度は装置により異なりますが5-35℃程度、湿度は50-70%程度場合によっては100%になります。海水が浸入した状態から加圧して水を追い出す場合もあります。このような状態でも、人間が安全に作業することが求められます。居住区域への海上からの電力供給は、220V3相など高電圧大容量のものを使用します。海洋構造物内部での利用電力としては、絶縁変圧器を用いて電圧は24V以下にするとともに、個々の機器に流れる電流も可能な限り低い値例えば1A以下で動作するよう設計され、個々の機器には動作時間が20ミリ秒以下の漏電遮断器を用いて供給されます。制御や安全検査用の機器は動作電圧10V、電流15ミリアンペアが推奨されています。直流か交流かと漏電遮断器の有無により人体を流しても安全な電流が異なること、電圧により人体の抵抗値を変わることから、電源種類ごとに居住区域内が許可される電圧は異なります。漏電遮断器がついている場合に利用できる電圧は、交流で220V、直流で250Vです。漏電遮断器がついていない場合には、交流で6V、直流で24Vと厳しい制限値となっています。

海中での感電
 潜水士の体に直接関係する温水潜水服では、潜水士の体抵抗は100Ωと換算し、安全電流値も厳しくなります。図に示すように、漏電遮断器つきで18V、遮断器なしで6Vが利用が許される電圧になります。
 溶接・切断作業や犠牲電極の取替え作業では、機器の特性上、漏電遮断器の値を用います。条件の厳しい交流の場合には、安全電流40ミリアンペア、体抵抗750Ωの値を用いて導出される許容電圧は24Vです。電源ケーブルとノズルは完全に耐水絶縁構造とし、海水に露出させないこと、及び、接地線は母材に確実に接続しておくことが必要です。水中に設置する電源は直流とし、絶縁、耐圧、温度上昇防止機構など安全が保障されなければなりません。一次側と二次側の絶縁は、水中での感電防止のためにはもっとも重要な事項です。潜水士は薄いゴム手袋の上に厚いゴム手袋を重ねて、直接手に電圧がかかる危険性を防止しています。非常事態に備えて、電源は両切りスイッチで遮断でき、スイッチの開閉状態を目視できることが必要です。作業場所に浮遊電位が生じにくいように、アース側のケーブルは作業場所の近くに接続します。

電撃防止装置
 溶接作業で注意すべき事項は、
(1)引火による火災
(2)閉所でのガス中毒
(3)感電による事故です。
特に水中では注意が必要となります。労働安全衛生規則では、導電体に囲まれた著しく狭あいな場所、または2m以上の高所などでは自動電撃防止装置の取り付けを義務づけています。JIS規格では、溶接開始時に装置を作動させるのに必要な接触所要時間を0.03秒以内、回路電圧がかかるまでの始動時間を0.06秒以内と規定しています。また、アーク電圧を切ってから25V以下の安全電圧となるように電撃防止装置が働くまでの遅動時間を1±0.3秒と規定しています。
[*参考文献]
1) Code of practice for the safe use of electricity under water, association of offshore diving contrctors, london, 1985.
2) IEC479, Effects of current passing through the human body, IEC Technical Committee No.64, Pub.471-1,1984.
3) K.Schmidt, et.al., "Safety of wet welding with increased open circuit voltages up to 150V d.c.", GKSS91/E/30, 50p.,(1991).
4) G.Mole, "Shock risk to swimmers and divers from electric fields in the water", ERA report 0367-TC-65, Jan (1981).
5) C.W.Logan, "The safe use of Electricity under water", Trans.I.Mar.E., Vol.100, pp.75-86(1988).

次ページ 2016.4.2作成 2018.5.16改定

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安全感電・目次
潜水病
 鯨やアザラシは哺乳類ですが、海水中で生活、非常に深い海に潜って生活をしています。それについて何も不思議とは思っていませんでした。
海の極限生物" スティーブンR.パルンビ, アンソニーR.パルンビ, 片岡夏実/訳, 大森信/監修, 築地書館(2015.4)によるとアザラシは深くもぐる前に息を吐く。深くもぐると息を吐いた肺はボイルの法則により縮むが、肺にはほとんど空気が無いので血液中に窒素が入る危険性が少なくなり、急浮上したときの潜水病の危険性が小さくなる。浮力が小さくなることももう一つの利点で、もぐるのに使うエネルギーは少なくなるそうです。
 一方、鯨の方は血液中のヘモグロビンに酸素を非常に多く溜め込み、息をしなくても30分程度の長時間海水中で運動が出来るそうです。生まれたばかりの赤ちゃんはその機能はまだも発達で、母親が長時間餌を採取しに潜水しているカン、海面近くで待機しているそうです。
水辺で起きた大進化" カール・ジンマー, 渡辺政隆/訳, 早川書房(2000.1)によると、イルカは人の20倍以上の移動効率で泳ぎ、波乗りをすることにより更に倍以上の効率で移動するとのことです。ただし、水深45mでイルカの肺はぺしゃんこになり、浮力がマイナスとなり何もしないでも沈んでいくとのことです。
哺乳類は厚い脂皮相で体温の消失を防ぎ、運動することで体を温めています。余分な熱の消散には静脈の自杭血管系を使い、生殖腺や胎児が高温になるのを防いでいるそうです。
生命の閃光/体は電気で動いている" フランシス・アッシュクロフト, 広瀬静/訳 東京書籍(2016.7)にも多くの面白い記述があります。海で生きる哺乳類は、水中で眠るとおぼれてしまうので、一度に脳の半分のみを休め、鳥類の多くも同様だそうです。睡眠は必要不可欠で、人類は概ね8時間、フタツユビナマケモノは平均20時間眠るとのことです。