9.7リモートレーザ
最近流行のリモートレーザ溶接について簡単に紹介しておきます。炭酸ガスレーザは鏡と凹面鏡で溶接部にレーザビームを導いていました。最近はファイバレーザの隆盛でロボットに溶接トーチを搭載して溶接することも増えています。ファイバレーザは1mm以下の細いビームで供給され、パルス制御も高速度で実行可能な熱源です。リモートレーザ溶接は、ファイバの代わりに、炭酸ガスレーザのように鏡を使って伝送し、最後はスキャナ式の稼働鏡を使って溶接すれば速いのでは?という考えで開発されました。
右の図はレーザ溶接が得意とする溶接継手の一覧です。どれをとっても自動車生産に適した溶接継手に見えてしまいます。自動車生産にはスポット溶接機が大量に使用されてきました。スポット溶接機は実績がある効率的な溶接機械です。しかし、大きなロボットアームの機械を大量に生産ラインに並べなければなりません。個々のロボットの動きが互いに干渉しないように配置し、動作させることは、多品種大量生産の時代を迎えている自動車生産の将来性に暗い影を投げかけていました。日産が高級車の生産ラインにレーザを導入し、車種による差別化で成功して以来、自動車工業会にもレーザが大量に導入されるようになりました。
リモートレーザ溶接が自動車生産に導入されるメリットは、右の図に示すと想定して始まったプロジェクトに私も参加し、実際の溶接現象を高速度カメラで撮影し、溶接時の問題点とその解決法、および高品質安定化のための全数検査法の開発に協力しました。具体的な技術情報を公開するには時期尚早なので、プロジェクトの謳い文句だけを紹介しておきます。
ロボットによるスポット溶接では、実際に溶接を実行している時間より、溶接終了後に、溶接部を押さえ込んでいた電極を開き、次の溶接部にロボットアーむを移動し、溶接部を挟み込むまでの時間が圧倒的に長くなります。
リモートレーザ溶接では、溶接に関する装置で動くのは溶接位置を決める最終的な鏡のみなので、物理的な移動速度はロボットアームの移動時間に対して無視できる時間ですみます。実際には、2枚もしくは3枚以上重ねた亜鉛めっき鋼板をきつく押さえ込む物理的機構がないと、確実な溶接が実施できません。スポット溶接では電極がその機構を兼ねていました。プロジェクトを申請するときの常套手段ですが、将来のために検討しておきたい項目の予算要求では、良い面だけを強調し悪い面には触れないで申請します。正直に不利な面を正確に既述すると、予算がつかないことが通常だからです。実際のところは、この悪風が科学技術の健全な進歩を阻んでいる元凶だと私は考えています。物事には全て良い面と悪い面があり、その良し悪しは立場により逆転する場合もあります。良い面と悪い面とをきちんと列挙して、良い面を伸ばすにはどうしたらよい、悪い面が問題にならないようにするにはどうしたらよいのかについて、調べていくのが健全な研究ではと考えるのですが、人生レースに果敢に挑戦している人々にはその論理は見向きもしてもらえません。
具体的な研究項目は右に示すとおりです。溶接結果に影響する一番の要因は鋼板の表面の亜鉛めっきです。自動車生産では複数枚の亜鉛めっき鋼板を押さえ込んでスポット溶接を行います。スポット溶接では溶接部の中心部が一番熱く周辺になるほど温度は低くなります。鋼板自体も鋼板の中央部より鋼板と鋼板の接触面が熱いため、亜鉛めっき部分はチリとなって周囲に逃げます。一方、レーザ溶接では全て溶融し、亜鉛めっきはガス化してしまいます。ガス化した亜鉛が溶接金属内にブローホールとして残留すると溶接強度が劣化してしまいます。この問題をどうしのぐかが一つのポイントでした。
次ページ 2016.04.21作成 2016.04.21改定