4.水中ガス切断

4.1 ガス切断の原理

前ページ

ガス切断の原理図  ガス切断は、切断したい鋼材の表面を予熱炎を用いて高温に熱して、赤熱した切断箇所に酸素ガスを吹き付けて切断する方法です。切断酸素はノズルの中心部の孔から噴出させ、予熱炎はその周辺に同心円状に配置されます。酸素アーク切断で用いるアークの熱エネルギーに比べて、予熱炎の熱エネルギーは小さい量です。予熱炎には、表面温度を酸化反応が生じる温度にまで高める機能のほかに、切断酸素を取り囲んで燃焼するガス炎により切断酸素の噴出する勢いとその純度が保護する機能があります。これらの作用と、鉄の酸化物の溶融温度が鉄本体の溶融温度より低いという特性から、酸素アーク切断に比べると格段に平滑な切断面が得られます。
 ガス切断は、鉄鋼構造物の組立加工を能率よく行うために適宜改良が積み重ねられた、技術的には枯れた切断法です。加工面に対しては、(1)冶金的性質、(2)物理的強度、(3)寸法精度、(4)表面粗さ、の4つの要素が重視されてきました。 酸素と鉄の燃焼反応
 冶金と強度に関しては、付加的な加工をしなくてもそのまま構造部材に用いることが可能です。寸法精度や表面粗さに対してもほぼ満足できる加工法として確立されています。ガス切断したままの部材の切断面近傍には炭素が多く含まれることがあり、部材の性質や用途によっては、表面を研削して利用することもあります。
 ガス切断では、切断酸素噴出孔の周囲で燃焼している予熱炎が、材料表面を燃焼温度以上に保ちます。ガス切断は切断溝内部での酸化(燃焼)反応により進行し、いわゆる線状熱源として振る舞います。このため、極めて厚い部材も確実に切断できます。切断装置は切断酸素流を中心とした円柱対称であるため、曲線を含む自由形状の切断が容易に行えます。
 鉄と酸素の燃焼反応は、以下の3式で表現される酸化反応の組合せで起こります。この3式では、単体の鉄原子と酸素との酸化反応の式が用いられていますが、実際には溶けている鉄に酸素が衝突し、FeO,Fe3O4,Fe2O3などのさまざまな分子が生成され、あるいは分解される複雑な酸化・還元反応が起きています。最終的な形態の酸化鉄(Fe2O3)になったところで反応が収束します。
鉄の燃焼反応式
Fe+1/2・O2->FeO+heat(267kJ)      (1)
Fe+2/3・O2->1/3・Fe3O4+heat(375kJ)  (2)
Fe+3/4・O2->1/2・Fe2O3+heat(412kJ)  (3)
  FeO  酸化鉄(II), (ウスタイト)
  Fe3O4 酸化鉄(II,III), いわゆる赤さび
  Fe2O3 酸化鉄(III), いわゆる黒さび(磁鉄鉱)
 右図に溶接と切断に密接に関連する金属とその酸化物の融点と沸点を示します。赤色で表示された物質に注目すると、鉄とタングステンだけが、酸化物の方が元の元素より融点が低いことが目に付きます。タングステンの場合には、酸化タングステンが金属タングステンに酸素を渡す前に蒸発してしまいます。このため、酸化反応の促進にはほとんど関与できません。鉄の場合には、溶融した酸化鉄が金属鉄に接着した状態になっていますので、酸化鉄と金属鉄との間で積極的な酸素の授受反応(酸化還元反応)が生じます。同時に溶融した酸化鉄は切断ガスにより押し流されて、平滑な切断が行われます。
 平たい言葉で言い換えると、鉄は面白い性質を持っていて、鉄が溶ける温度より、鉄が酸化したいわゆる酸化鉄の溶ける温度の方が低くなります。このため、切断ノズルから噴出している高速の酸素の流れと、切りたい鉄の間に、薄い酸化鉄の液体の膜が出来ます。酸素側の表面からは純度の高い酸素が液体の酸化鉄の中に入り込み、酸化反応を起こして膨大な熱を発生させます。酸化鉄の液体の酸素側の方が、鉄に接している側より酸素の濃度が高く、また、温度も高くなっており、酸化鉄の中の酸素は酸化反応を起こしながら鉄側へと移動します。固体の鉄と液体の酸化鉄の接している部分(界面と言います)でも酸化反応が起こり、次々に鉄が酸化して溶け出します。溶けた状態の酸化鉄は高速度で噴出している酸素ガスの流れに引きづられて流れ出し(正確には吹き飛ばされて)、切断が進行します。この時、酸化鉄の温度が鉄の融点より低い状態でさらさら流れますから、切断したい材料の構造全体にはほとんど影響を与えず、切りたい部分だけを溶かしきることができます。
 理論的にはその通りなのですが、実際には鉄の中にはカーボンやシリコン、マンガンなどが一定量含まれています。また、燃焼しているスラグ(酸化鉄)の中の成分は一様ではなく、温度の高い領域と低い領域、あるいは酸化(燃焼)の初期生成物FeOが多い領域と、最終生成物(Fe2O3)が多い領域など、薄い溶融スラグ層の中は非常に込み入った状況になっています。当然スラグ層の厚さも異なり、表面に近いところは薄く、底面に近い深い領域では厚くなります。
 切断板厚が厚い場合には、底部に近いスラグ層には融点の高い最終酸化生成物であるFe2O3の割合が増えてきます。これが何を意味するかと言うと、スラグの温度が鉄の溶融温度より高くなっている可能性が高くなり、スラグの中に溶融鉄が含まれやすくなります。つまり、スラグが底面で母材から離れにくくなり、たくさん固着されることになります。
 1970年代に切断板厚と生成するスラグ中の酸化鉄と純鉄との割合と酸素消費量を調べて論じた論文が一定数ありました。当時はなんとなく、データの整合性が取れないなと感じていました。高速度ビデオの性能と微量分析装置の格段に進歩した現在なら、定量的に分析して、ガス切断現象(酸化反応)の詳細について迫ることが可能だと感じています。

次ページ(4.2 鉄の酸化と燃焼)   2013.11.25作成 2016.8.17改定

小川技研サイト
水中切断項目
水中切断動画一覧
水中ガス切断
・水中ガス切断の項目で使用している多くのデータや写真は、旧四国工業技術試験所及び旧四国工業技術研究所で一緒に仕事をしていた、住友敬さんや榊原実雄さんなどが中心となって獲得されたもので、私自身はほんのお手伝いに過ぎません。
・データや写真の解釈は、当時を振り返ってああすればよかった、こうすればよかったと、反省をこめながら作成しています。
・高速度ビデオや分析装置など当時は望むべくも無かった機材がふんだんに使える今の時点では簡単に詳しい解釈が可能な実験を行えると思います。当時は真実に迫るのは結構難しい状態でした。
ガスボンベ

・酸素ボンベは黒色。アセチレンの燃焼を助ける。取出し口は右ねじで、酸素ホースは青が標準(黒色もある)。
・アセチレンボンベは褐色。爆発しやすく危険なので、ガスに特有の臭いがついており、取出し口は左ねじ。アセチレンのホースは、赤が標準。アセチレンは、ボンベの中でアセトンに溶解させて爆発しにくいように配慮されている。
・水素ボンベは赤色。取出し口は左ねじ。酸水素炎は無色なので、発色成分が添加されることもある。
・高温では内部圧力が上昇し危険、40℃以下で使用(保管)が基本。