4.水中ガス切断

4.2 鉄の酸化と燃焼

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酸素と鉄の燃焼反応  前節の最後に簡単に説明したように、酸化された鉄(スラグと呼びます)の溶融温度は、鉄の溶融温度より低く、切断が生じている面すなわち酸素と鉄との間には溶けたスラグの薄い層が存在します。このスラグが切断酸素の流れにより引きずられて吹き飛ばされ、切断が進行します。溶融した薄いスラグの中では、実際には非常に複雑な反応が高速度で進行しています。切断酸素はスラグの表面からスラグ内に侵入し、母材の固体の鉄の方に拡散します。この過程で、さまざまな形態の酸化鉄や鉄と結合(酸化燃焼)したり、或いは再度乖離したりします。このスラグの中身は一様ではなく、純鉄も当然存在します。また、実際の鋼材では、鉄のほかにさまざまな元素が存在しているために、非常に複雑な反応が存在します。含まれている元素の種類と量によっては、円滑な切断が出来ない場合も多く存在します。例えば、「母材内の不純物が多過ぎる、偏析により内部が不均一な状態」では、切断が不安定、あるいは切断面が粗くなったりします。ガス切断が円滑に適用できる条件としては、
(1)燃焼温度と酸化物の溶融温度が母材溶融温度より低い、
(2)酸化物の流動性が良く、母材からの離脱が容易、
(3)被切断材成分中に不燃物が少ない、
ことがあげられます。
 本当にガス切断中に上図に示したようなスラグ層が存在するのかについて疑問をもたれる方がいるかと思います。高速度ビデオ映像では溶融層が上から下に流れている状態は確認しています。右にガス切断開始時の画像を示します。切断開始時現象右の画像もしくは下線部付のこの文章をクリックすると、別タブで毎秒3万2千コマで撮影したガス切断現象の映像が毎秒30コマで再生されます。この映像は、予熱炎で上端が十分熱せられた時点で切断酸素を流し、切断を開始する時点での映像です。上端で鉄が燃焼を始め、生成したスラグが下方向に流れて裏面まで燃焼が生じる過程が観察できます。この動画は切断開始時の挙動を撮影していますので、ガス切断がどのような機序で生起しているのかを理解する助けになります。
 下図に示すように厚板材の切断側面には、1mmt程度のスラグが付着しています。スラグと鉄の側面とは比較的ルーズな接着になっていて、叩くと割れて剥離します。もし、このような厚板に付着したスラグを、表面からの高さ別に分離して成分分析を行えば、それぞれの板厚領域でどの程度酸化反応が進行しているのかについての情報が得られるはずです。特にノッチが発生しそうな領域の成分分析を行うことで、ノッチ発生の詳しい原因が解明できるような気がしています。
 鉄は酸化した状態の融点が純鉄の融点より低下する非常に珍しい金属です。このため、鉄を主要成分とする構造用の鉄鋼材料の多くはガス切断可能です。金属関係者は鉄だけと表現していますが、正確にはタングステンも該当します。確かにタングステン酸化物は黄色の酸化物で融点は1346℃と単体の融点3956℃より大幅に低いのですが、酸化タングステンの沸点が2076℃と単体の融点より非常に低く、酸化物の融点に近い値となります。右上の写真は、タングステン電極を陽極として設置して電流を流している状況です。酸化タングステンが盛んに蒸発していることが分かり、さらに電極に下側側面に黄色い酸化タングステンが生成付着しています。最初、この現象を最初に目にした時には、同じ部に所属していたグループが海水からウランを取る仕事をしており、見る機会も多かった酸化ウラン(イェローケーキ)に似ているため、酸化トリウムかも!と非常に気持ちが悪かったのですが、冷静に考え直すと酸化タングステンである可能性が最も高いと考えました。 切断可能性
 炭素含有量が0.2%を超えると、的確に切断するためには母材を予熱するなどの工夫が必要になります。右図に炭素鋼の種類と炭素含有量及び用途を示します。炭素含有量が0.2%以下では予熱不要と書いてありますが、その意味は理解していません。多分、常温にしたまま、予熱炎で切断開始部を赤色に見えるまで熱した状態にすれば切断できるという意味なのでしょう。0.2-0.3%で100℃以下も多分、常温でも十分切断可能だが100℃以下のより高温の方が切断しやすいという意味かなと想像はします。 切断可能性
 この図表に載っていない鋳鉄や、ステンレスやアルミニウムなど、ガス切断が不可能な鋼材も多くあります。酸化した状態の方が融点が低下する金属は非常に少なく、鉄のほかには、タングステンと一価の酸化クロムがあります。このため、クロムは容易に酸化しますが、すぐに安定な酸化物である酸化クロム(III)へと変化します。酸化クロム(III)の融点は高く、高い安定性を誇ります。ステンレスの表面はこの酸化クロム(III)に覆われているため、それ以上の酸化は起こりにくく表面状態が安定しています。同時に、ガス切断が困難となっています。
 先に、鉄は酸化した方が融点が低いと記述しましたが、正確には、前節の一覧表に記載されているように、FeOのみがその条件を満たしています。より酸化が進んだ状態(Fe3O4とFe2O3)の融点は、鉄原子の融点より高いのが実際のところです。ガス切断は内部での酸化燃焼反応を利用しているため非常に厚いものも切断できることが特徴です。しかし、板が厚くなればなるほど裏面に近い切断部では酸化反応が進行し、Fe3O4とFe2O3などの反応が進んだ状態の成分が増加します。スラグの中にFe3O4やFe2O3が多くなるということは、スラグの温度が鉄の融点より高くなる可能性が高いということになります。結果的にスラグが鉄を溶かし、スラグ内に引き入れて部分的に還元反応が生じるようになります。これは、底部でスラグが付着しやすいということにもつながります。この結果、厚い板を低速度で切断する際に、下側で部分的にノッチが発生する困った現象が起きる事があります。これらについては切断現象の項目で取り上げます。

次ページ(4.3 切断能力)   2013.11.25作成 2016.8.17改定

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粉塵爆発

 爆発とはほぼ瞬間的に生じる発熱の多大な酸化反応のこと。体積に対して表面積の占める割合(比表面積)が大きい微細な粉塵は、周りに十分な酸素が存在すれば、燃焼反応に敏感な状態になる。この状態で着火すると、爆発的に燃焼する。核爆弾の急速な連鎖反応と同様な機構と考えればよい。