6.3 高速度カメラの映像
高速度ビデオによるGMA溶接現象の時系列解析
人間の目は非常に優秀で、明るいものから暗いものまで良く見えます。しかし、瞬間的に変動する現象の観察は苦手としています。現象理解のために、電圧や電流のオシログラムを利用しますが、それだけでは不十分で、高速度ビデオによる観察が必要となります。人間の目にはスプレーのように見えるアークも、実際には小さな溶滴が高速度で移行しています。移行速度に応じた高速度ビデオで観察することにより、現象の詳細な解析が可能となります。
前節で示した瞬間的な画像だけでは、実際の現象は理解できません。一つの解決策は、右に示した映像のように時系列に画像を並べて見比べることです。右の映像では、各事象の画像を10ミリ秒おきに5枚並べています。各事象ごとに、粒子離脱や短絡の周期及び粒子の移行速度が異なるため、並べるべき画像が各事象ごとに異なります。一般的には周期の最大公約数を目安に並べますが、膨大な作業量が必要となります。このような作業は、かかる手間の割りに得られる情報量はさほど多くはありません。
高速度ビデオによるMIG溶接現象の観察
溶滴が電極から離脱した後、小さい溶滴が連続して落下しています。溶滴が離脱した瞬間に溶滴と電極との間のアークは強くなり、溶滴の上部は明るくなっています。溶滴が溶融池表面に近づいた場合には、溶滴下部も明るくなり、この間の電流密度が大きくなっていると推定されます。この映像は高速度ビデオ初心者の頃の映像で、どうすれば最適な映像を撮影できるかについての知識はほとんどありませんでした。GTA溶接の場合には、電極とアークの変化はさほど速くはありませんのでピントあわせや撮影条件の決定にはさほど困難は感じませんでした。しかし、GMA溶接の場合には、アークや溶滴の変動が速く、最適な撮影法を探し出すのには苦労しました。複数の人間で共同して実験すれば苦労もそんなには大きくならないと思いますが、いかんせん全て一人だけで実験していましたので、GMA溶接の撮影には手間取りました。
この映像は、これだけでは何も分かりませんね、という例です。
下の図の上1段目は、溶滴が電極から離脱した後、母材方向へと飛行し、溶融池に接触する瞬間に電流の流れ方(プラズマの状態)に変化が生じ手いる例です。2段目は溶滴が溶融池に突入した時点でスパッタが放出され、また溶融池に吸収されている溶滴の上の方にプラズマが増加しているところです。3段目は溶融池に入った溶滴が、なかなか溶融池の金属と馴染めずにいる状態、および、ワイヤ先端が溶融を始めて下方へと延びてきているところです。4段目(最下段)は、ワイヤ先端の溶滴が下の方へと伸び、ワイヤ先端と溶滴の間がくびれて、電流通路が細くなり加熱が促進されて溶滴が利達していく瞬間を示しています。離脱した溶滴は下方へと落下し左上のサイクルに戻ります。スプレー移行ではこのように時間的に速い溶滴の離脱が繰り返されるために、電流値と電圧値とは安定して記録されます。
なお、これらの映像は変化の状態を強調するために、ひとつ前の状態より明るくなっている領域を赤色を用いて強調表示し、逆に暗くなっている領域には緑を加えています。
1フレームづつ見ていくのでは、なかなか全体像を理解することはできません。動画にしてみていくと、ある程度の変化は理解できますが、瞬間瞬間で何が起こっているのかに気づくのは難しくなります。全体的な挙動を理解するために、私が使用しているのが下に示す時刻暦(ストリーク)画像です。動画像を水平面及び垂直面と時間軸の2次元のストリーク画像に写像することにより、粒子の移行速度などの詳細なデータが取得できます。溶滴は離脱直後に内部のガス膨張により大きく膨れ、ある場合は破裂してスパッタとなり、ある場合は飛行中に温度が下がり収縮します。電極ワイヤ中心軸上の映像を時間軸方向に2次元表示することにより溶滴の移行速度(傾きで速度が分かります)や、アーク状態の変化が解析できます。水平軸方向の最大輝度の点を表示することにより、電極中心軸から離脱して飛行するスパッタの軌跡や速度及び粒径が解析できます。
代表的な静止画像を参考にして、上段に示した中心軸上の時刻暦画像と下段の時刻暦画像を見比べることにより、何時頃何処で何が生じたのかについて理解できるようになります。更に水平軸の有意な領域の平均値を加えて3種類の時刻暦画像を一枚の映像に異なる色で表示することにより、全体的な理解も可能になります。RGBの3原色で、3種類の時刻暦画像を表示しているので、個別のデータが必要な場合には、各色のデータの値を調べればよいわけで、メモリが高価でハードディスクも低容量だった時代の節約法を兼ねていました。
私が高速度ビデオ撮影でよく利用しているのは、右に示すような、溶接線前後方向からカラービデオで撮影し、側面から狭帯域フィルタを利用した白黒映像を同時に撮影する方法です。カラー画像では全体的な雰囲気が理解できます。白黒の画像は通常950nm近辺の光を撮影しますので、一種の熱画像を撮影していることになります。この場合には溶滴が溶融池に接する瞬間を理解しやすくなります。その例を右に示します。また2種類の時刻暦画像(上は中心軸上のストリーク像、下は縦軸上へ写像したストリーク像)を(0秒から1024/4500秒まで)の映像として示します。白黒をそのまま白黒で描画しても有意義な情報を読み取るのは困難なため、擬似カラーにするかあるいは物理的に理解しやすいように輝度の高い領域を意識的に赤色を強調して表示しています。
上の画像の上半分は赤色のみの表示で、輝度(温度)情報しか判別できませんが、下半分の画像では3原色を用いて位置情報も加味しているため、各色が何を示しているのかを理解していれば、3次元的な解釈が1枚の画像から判別できます。これらの詳細については、「_6.3ex 溶接現象動画」の節で紹介しています。
次ページ 2016.04.14作成 2017.05.03改定